第94話 家出
【ユハバ通り】
「で、何を知ってるわけ?」
階段から降りて彼らの前にやって来た青年に、ショウリュウは詰め寄った。
強引な物言いのショウリュウに、アイリは眉をひそめる。
「ちょっとショウリュウ、コワイよ」
「ルーイは優しいね、まるで朝陽の光のように美しいよ」
青年はショウリュウの迫力にも気にしない素振りで、にこやかに微笑む。
歯の浮くような台詞を自然に告げる青年に、ナエカは自分の事ではないのに、頰を赤く染めた。
彼はアイリ達よりも、少し大人なようだ。
「さっきからその、ルーイって何すか?」
オレ達のことだ、ってのは分かるけど。
怪訝な顔をするレオナルドに、ナエカはおどおどした表情で青年の前に出た。
「……もしかして、貴族さまですか」
レオナルドもショウリュウも、あっと顔色を変える。
「貴族?」
「き、貴族か!? マジで!?」
「キゾク?」
ナエカの記憶だと、ルーイというのはこの国の上流階級である、貴族の間でよく使われている言葉らしい。
君、あるいはあなた、をもう少し丁寧な言い方にした言葉だそうだ。基本的には、歳上から歳下に対して使う。
キゾク。アイリは、奥底にある僅かな記憶を掘り起こす。確か、フェミーナおば様が前にそんなことを。
「キゾクって、お金持ちの人のことだよね?」
「ちげーよ!! そっから説明させんじゃねー!!」
「貴族っすか……」
改めて青年を見てみると、確かに貴族らしい出立ちと立ち振る舞いだ。気品に溢れる仕草。
草花の色である爽やかな緑のコートには、これでもかと小花の刺繍が施され、胸元にはレースのお洒落な胸飾り。
そして、やたら大きくつばの広い派手な帽子。
「貴族といっても、貴族の端くれのようなものだけどね、この僕は」
青年はフフ、と苦笑いを浮かべるとその帽子をスッととった。隠れていた綺麗なブロンドの髪が、ハラリと肩の上で揺れる。
華やかな雰囲気に、アイリはただただ圧倒された。まるで、どこかのおとぎ話から飛び出したような。
建物に囲まれたこんな暗い場所には、彼はとても似合わない。
唯一圧倒されなかったショウリュウは、再び青年に詰め寄る。
「それで、その貴族さまがなんでこんな通りをうろついているんだ? お付きもなしで」
貴族が庶民とこんな街中で触れ合うことなど、まず無いことだ。
その問いに、何故かニヘッと目を細める。
「今ね、この僕は家出中なんだ。見つかったら大変だから、ちょっとここに隠れているんだよ」
「家出!?」
「イエデ……家出!??」
アイリはその単語に、顔を真っ青にした。
そうだ。昔、サーフェおじさまの息子さんが家出したって、里が大騒ぎになったよ。
おじさまと喧嘩して、リュウハラノコは絶対にいるんだー!……って屋敷を飛び出して、いなくなっちゃったんだっけ。
「ダメだよ、家出なんて!」
「ん?」
「リュウハラノコはいないんだから! みんな心配しますよ、いなくなっちゃダメですよ!!」
「何言ってんだあんた」
青年はアハハ、と笑い飛ばした。
「ルーイは面白いなぁ、この僕はリュウハラノコには興味無いよ」
ポカンとするアイリに微笑みかけると、青年はくるっと身を翻した。
パチンッとかっこつけて、指を鳴らす。
「ルーイ達、この僕と取り引きしないかい?」
「取り引き?」
尋ねるナエカに、青年は頷く。
「ルーイ達は、さっきいなくなったバケモノのことが知りたいんでしょう? そしてこの僕は、隠れる場所が欲しい」
「……つまり、情報を渡す代わりにあんたをどっかに匿えって?」
剣呑な表情になるショウリュウに、青年は満面の笑みでその通り、と頷く。
──ただでは渡さない、ってか。
「出来れば美しい場所がいいけど、どこでも構わないよ」
青年の提案に、レオナルドはちょいちょいと他の三人を呼び集めた。密やかに小声で話しだす。
「なんだよ」
「ちょうどいーじゃん、パレスに連れてこうぜ。そろそろ帰んないと教官に怒られるし、オオカミの話聞けるなら一石二鳥っしょ?」
「イッセキ……何?」
「賛成」
意外にも、ショウリュウが真っ先に乗ってきた。
「あいつ逃したし、どのみち戻らないと」
ショウリュウの言葉に、恐る恐るナエカも頷く。
「……うん、そろそろ帰らなきゃ」
「あの人をパレスに連れていくの?」
「そうしよ」
あそこなら広い。裏もあるし、彼を匿う場所には困らないだろう、多分。
話は決まった。
雰囲気を察したのか、青年は大袈裟に顔を明るくした。今にも踊り出しそうに、ちゃっかりとポーズを決める。
「ハイリー! 助かるよ〜、ルーイ達。じゃあ、早速行くとしよう」
「なんであんたが仕切るんだよ」
「おや、坊やは言葉が美しくないなぁ」
「坊やだと!??」
ショウリュウが坊や、と呼ばれてカッとなり、青年に突っかかる。
「え、どこから見ても坊やだよねぇ」
「誰が坊やだ!! 訂正しろ!!」
ショウリュウだけがヒートアップしていく中、その後ろをついていく三人はこっそり目を見合わせた。
「……オレ、ヤバイこと言った?」
「かもしれないよ」




