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第91話 仲間割れ

「グルルル……」



歯を剥き出しにして、威嚇してくる獣。


シュッとした細長い顔、ふさふさと光る美しい白い毛。


キツネか、イヌか、それともオオカミか。いや、どれでもない。


凛と四本足で立つその姿に、四人は後退りした。地に足をつけているのに落ち着かず、少しだけ浮いているような感覚になる。



「……」



そんな中、ショウリュウはそっと後ろ手で札を構える。お出ましの標的は目の前。


さて、こいつはどんな奴だ。お手並み拝見、といこうか。


しかし、気合いと共に構えた手は空回りした。



「……ん?」



「え」



「おいおい」



「どうどう」



ショウリュウの真横をすり抜け、アイリが一人前に進みでる。



「アイリ?」



「だいじょーぶ、だいじょーぶ」



見ていたレオナルド、ナエカ、ショウリュウもポカンとなるばかりだ。


周りが警戒する中、アイリはゆっくりと真っ直ぐに足を進める。



「グルルル」



「おーい! アイリ!」



堂々と獣に近付くアイリに、取り囲む周りの人々は唖然となった。一歩ずつ近付く度に、人々はひぇっと息を呑む。


レオナルドが呼び止めようとするが、気にしない。



「グルル」



「どうどう」



フェミーナおばさまから、怒っている動物を静めるには、こうやってなだめるのだと教わった。


昔、アイリも動物とともだちになりたい! と言ったあの時。


そう、まずはあいさつから。



「動物だって私達と一緒なのですよ、アイリ様。怒ったりもするし、怖がったりもするのです」



……えっと、おばさまはその後なんて言ってたかな。えっと。


とにかく笑うの、笑顔でね。こちらが怖がったら、動物も怖くなってしまいます。



「そうだ」



目線はそらさない、背も向けない。こうやって、こうやって、ゆっくりと。



「どうどう」



「グル」



獣は威嚇こそするものの、少し落ち着いたようだ。アイリは少し胸を撫で下ろす。


アイリはついに、獣の目と鼻の先に立った。



「ア、アイリ」



目線に合わせて少ししゃがむと、今度は獣の方が怖気付いたのか、少し後退りした。



「グル」



「うふふ」



怖くないよ、とにこやかに笑顔を向けた。


伝わったのかは分からないが、獣も威嚇をやめて大人しくなる。


その時、アイリは獣の足に目を止めた。後ろ足にサックリと切れたような痕があり、少し血が滲んでいる。



「怪我してるの?」



手を差し伸べようとした、その時。



「グルルル!!!」



「え!?」



獣の表情が一変した。


目はどんどん吊り上がり、鋭い牙がまた剥き出しになる。ギリッと歯軋りの音を鳴らす。


──その瞳には、炎。


獣はガッと足で地面を蹴ると、大きくジャンプする。



ガッ!!



「グルルアアア!!!」



「きゃあ!!」



「アイリ!!」



とっさに飛び出したレオナルドが、アイリを地面に引き倒す。ジャリジャリと、砂の嫌な触感が肌についた。


だが、獣が飛びかかった先はアイリではなかった。


アイリを、そばの三人を飛び越え大きくジャンプする体。獣の体が、上空で大きく伸びて宙を舞う。



「グルルルァアア!!」



「ザシャアアアア!!」



「……!!」



獣の叫びが、もう一つ。



アイリ達が振り返ると、白い獣と更にもう一体。別の獣が白い獣と争い、互いの体を噛みあっていた。


こちらも四本足。


毛がぼうぼうに体を隠すように四方八方に伸び、辛うじて見えるのはバラバラの長さに伸びた歯が覗く巨大な口のみ。


キツネ──いや、オオカミよりひと回りは大きい。


チリチリに縮れた茶色の毛の体。自らの体を省みず、真っ直ぐキツネにぶつかっていく。取っ組み合いというには、あまりに激しい。



「ザシャアアアア!!」



「うわああ!!」



もう一体の獣の登場に、通りは再び悲鳴が飛び交う騒ぎになった。


茶色の獣の口から覗く長い長い舌に、ナエカは顔を真っ青にする。巻いた舌から、しゅうしゅうと息が漏れた。


ガリッと嫌な音と共に、白い獣の体に引っ掻き傷がつく。



「グルルルァアア!!」



「ギャン!!」



茶色の獣の大きな渦巻きの形のツノが、白い獣を吹っ飛ばした。


しかし、白い獣もとっさに茶色の獣を掴む。


もつれあった二つのかたまりは、ジャムの店の壁に派手にぶつかる。



ガラガラガラ!!



「ひええ!!」



獣の叫びと、店主の悲鳴が響く。看板がガタン、と崩れた。


一体、何が起きているのか。



「仲間割れか!?」



ショウリュウは今度こそ、はっきりとお札を構えた。


見えざる者同士の仲間割れ、こちらに意識がいってないなら丁度いい。このまままとめてやっつけてやる。


動き回る標的に、ショウリュウはしっかり狙いを定める。



「ショウリュウ?」



アイリは、札を構えるショウリュウの動きに気付いた。



──狙いは、あの白い獣。



見えざる者かもしれない。それでも、アイリはとっさに叫んだ。



「ショウリュウ、やめて!!!」



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