第90話 気合い
【中央 ユハバ通り】
「ショウリュウ、待って!」
「はぁ、足が痛い……」
汗がほとばしる。
パレスから追いついてきた三人に、ショウリュウは怪訝な顔を見せた。
「なんで着いて来てんだよ、行ってくるって言っただろ」
あんたらと行く気はねーよ。
バッサリ切り捨てるショウリュウだが、こちらもあっさり引き退るわけにはいかない。
リンゴの雷の餌食になるわけには。
「さっきの紙、なんて書いてあったの?」
「依頼だったんしょ? 今日多いじゃん」
「だから、教えるつもりは」
「そりゃ」
「おい!」
ムキになるショウリュウの隙をつき、レオナルドが素早くその手に持つ紙を奪う。予想通り、追加の依頼の詳細だ。
とっさのことで、ショウリュウも反応が遅れた。
「お、おい!!」
「どれどれ」
追加の依頼は、まさにこのユハバ通りからだった。アイリとナエカも、マジマジと依頼の紙を覗きこむ。
「なんだ、ここの通りじゃん」
「キツネの怪物……?」
キツネのような白い怪物が、最近この辺りで目撃されているという。裏路地、民家の庭、ガラス細工屋の店先。
朝に、奥の通りの市場でも現れたそうだ。
もしかして見えざる者ではないか、と団に調査の依頼が来た。
「へぇ、あそこにも出てんじゃん」
「そんなにみんなに見られてるなら、見えざる者じゃないんじゃないかな?」
見えざる者は、ウカの状態でなければ人の目には映らない。エイドリアンではない、国の人々の目には。
アイリの疑問に、レオナルドも頷く。
「だよなぁ、本当にキツネだったりするかもじゃん。見たことない、新種のキツネとか?」
「シンシュ、って?」
「新種!? えっと、えーっと」
「……でも、本当にキツネに見えたのなら団に依頼しないよね」
ボソボソと口ごもりながらも、意見を口にするナエカ。アイリとレオナルドも、その意見にうーんと首を唸る。
街に突如現れた、謎のキツネ。
気になるのは目撃されたという話ばかりで、その後どうなったのかは全く書かれていない。何故、見えざる者だと思われたのか。
「どんな姿してるんだろ」
悩んで立ち往生する三人に、ショウリュウが後ろから割り込む。
「だから、それを確かめてこいって話だろ。俺がやるから、そっちはパレスに残ってれば」
「じゃあ、確かめよ!」
「話聞けよ!!」
またまた抗議しようとするショウリュウを無視し、アイリとレオナルドは元気に拳を突き上げる。
キツネの正体を突きとめる、秘密の任務。
任務の制限時間は、リンゴがパレスにやって来るまで。達成出来なければ、リンゴの雷が待っている。
「よっしゃあ、行くぜ!!」
「行こう!!」
──気合いは十分。
手始めに、レオナルドは近くのある店に駆け込んだ。慌てて、他の三人も後を追う。
ジャムのお店だ。名物のアンズのジャムから、ベリーや様々なジャムを置いている。
中では、頭に頭巾を被ったふくよかな女性が笑顔を向けてきた。
「こんにちは、おばちゃん。これちょうだい」
「おやおや、1500カーンだよ」
「……買うんだ」
レオナルドはポケットを漁ると、硬貨を取り出して店員に支払う。
アンズのジャムが入った瓶を、さりげなく隣のナエカに手渡し、もう一度女性にニカッと笑いかけた。
「そういえばおばちゃん、この通りにキツネがでたんだって?」
「キツネ? 違うさ、あれはイヌだよ」
「イヌ??」
まさかの単語に、三人はギョッとする。
「わたしゃも見たんだよ、店を開ける準備をしてる時にね。耳がピンと立って、白い毛がフサフサしていてね、そりゃ綺麗だったわぁ」
「キツネじゃないの?」
「キツネ、というよりイヌに見えたけどね。あぁ、オオカミかな?」
「オオカミ!??」
キツネ、イヌ、オオカミ。
後ろで聞いていたショウリュウは、はぁ、とため息をつく。
「似てるっていえば似てるかもな」
「そうかな……」
「出来ればイヌがいいぜ〜」
とにかく白い毛で四つの足、耳がピンと立っていた動物。
アイリが身を乗り出し、尋ねる。
「その……イヌって、パッと消えちゃうことはなかったの? 見えざる者みたいに」
「うーん、少ししたらどっか行っちゃったからねぇ。でも、パッと見えなくなることは無かったよ」
少なくともおばさんの視界に入っている間は、見えていたという事だ。
見えざる者なのか、ますます怪しい。
「それって、本当に見えざる者なのかなぁ?」
「ウカの時でも、そんな長くは見えないらしいじゃん」
「ウカ? ああ、そうそう、そのオオカミなんだけどね」
女性が何か口にしようとした、その時。
「ぎゃああああ!!!」
その時、店の外から大きな悲鳴が聞こえてきた。
「うわああああ!!!」
「でたぞおおおお!!」
「は、早く!! 逃げろおお!!」
重なる絶叫に、おばさんの顔色がサァッと青くなる。何やらバタバタと準備を始めた。
慌ただしい雰囲気に、四人はただ顔を見合わせる。
──まさか、キツネ。いや、オオカミ。
示し合わせたように、無言のままパッと四人で店を飛びだす。
「いやああああ!!!」
「うわあああ!!!」
案の定、通りは大騒ぎだった。
「おでましか?」
「でも、どこに」
ザッ!!
悲鳴が飛び交う中で背後からから聞こえた、動物の足音。
アイリが振り返ると、こちらを刺すような視線と目が合った。
四本の足を地につけ、かき消えるような唸り声を上げて。
アイリをしっかりと見据えていた。




