第87話 子供
【セントバーミルダ通り 269-12】
【アパートメント アリビオ】
「あ」
「……」
扉を開けて出た瞬間、同時に隣の扉を開けて出てきた隣人。アイリは少し驚いて、まばたきをする。
「おはようございます、ルノさん」
「……おはよう」
今日は、パレスに行く日だ。
ルノは足早に歩き出そうとするので、アイリも慌ててルノの後をついて行く。
共にパレスに向かうと、自然に横並びになった。穏やかな風が、頰を撫でてくる。
ルノはついて来たアイリに気がつくと、クルッとアイリの方を向き、立ち止まった。
少し困った様な表情を浮かべている。
「……」
「ほえ」
「ダメ」
「ダメ? ダメって……」
要するに、ついてくるなと言いたいらしい。
「でも、方向同じだし」
──どうせなら、というか。
だが、それでもルノは首を横にふった。
「バレるからダメ」
「あ、そっか……」
アイリはようやく気付き、おずおずと引きさがった。
アイリ達51期生はまだ、その正体を世間に公開されていない。エリーナが言った通り、ヒミツなのだ。民に知られてはならない。
だが、団員と一緒に歩いている、それも二人でとなると流石に怪しまれるだろう。
──今更な気もするが。
ルノは納得したアイリに頷くと、そのまま何事もなかったかのように、さっさと歩きだす。
アイリは仕方なく一定距離をとり、ルノの後を追う。これならば、大丈夫だろう。
──どうしよう。なんだか、私が怪しい人みたい。
アイリの方が少し困ってしまったが、ルノの後ろ姿を見つけながら、さり気なくついていく。
「ルノくんだ!」
「おい、ルノがいるぞ」
ルノに気付いた、街の人々の反応は様々だった。
会えた事に大はしゃぎする人もいれば、どこか胡乱気な表情を浮かべる人もいる。
彼の姿を横目に、コソコソと内緒話をする人もいた。関わりたくないのか、遠巻きに距離をとる人もいる。
近所に住んでいるのだろうか、気軽に手を振るような人もいた。ルノも軽い会釈で返す。
丘の上の展望台近くに広がる、緑豊かな公園の横を通りがかった時。
「わー!!」
近所の子供達が何人か、ルノに気が付いてルノのもとに集まって来た。公園で遊んでいたのだろう。
「あはは!!」
「ルノくんだぁ!」
「ルノ、ルノ!」
「ルノ〜」
子供達は大喜びでルノに抱きつき、ひっつく。
ルノが子供たちに足止めされてしまい、アイリは慌てて足を止めた。思わず木の影に隠れる。
ルノは子供たちを自身から剥がそうとしながらも、子供達に向かって僅かに笑顔を浮かべた。
笑顔のルノに、アイリは軽く目を見開く。
……あんな顔、するんだ。
「ルノ、あれ見せて~!」
「なぁ、見せて~!」
「わたしも見たい〜!」
「……」
無邪気な子供達に大はしゃぎで何かをせがまれ、ルノはスッと子供達の前にしゃがみこむ。
深い瞳で、子供達を見据えた。
──了解。
子供達も興味津々で、嬉しそうにルノの前に集まる。期待に満ちた目で、ワクワクしながらジッと待っていた。
ルノは見えないように、そっと左手を握った。
どこか一点をジッと見つめると、そのまま自分の瞳の色を何回も変えていく。
青、赤、銀、黄色、茶色、黄土色。
まるで万華鏡のように、鮮やかに彩られる瞳。
その美しさに、見ていたアイリは目を見開いた。
──綺麗、お星さまみたい。
「すご~い!」
「きれ〜い!!」
「すっげ~!」
子供達は大はしゃぎで、ルノの周りをくるくる踊りだす。元気な子供達に、ルノはもみくちゃにされていた。
その様子を見ていた周りの大人達も、どこか朗らかな雰囲気になる。
「じゃあね」
ルノは僅かに微笑みながら立ち上がり、子供たちに別れを告げると、またパレスに向かって歩きだす。
少しの間見惚れていたアイリは、慌ててルノの後ろをついていった。




