第84話 部下
【テイクンシティー とある場所】
「西の隠れ家の一つがやられただと?」
驚いて声を張り上げる主人に、部下は慄いてペコペコと頭を下げた。
「そうですだ、おどどさま。団の急襲にあいまして、中におりました兄弟は全滅したようですだで」
部下からのその報告に、椅子に座っていた主人は嘆かわしい、といった表情で強くため息を漏らす。
「あの愚鈍の阿呆が……。あんな寂れた隠れ家一つ、満足に守り切れないのか……」
刺々しい言葉の端を僅かに震わせ、苛々と落ち着かない様子で指でトントン、と机を叩く。
怒りに震える主人のその仕草に、部下は落ち着かず冷や汗を流した。悪い報告をするのは、こちらの心臓にも悪い。
「何故、隠れ家の存在が団に知られた?」
「そ、それがですだ、おどどさま。あの隠れ家に西署の警察官が見回りに来たらしいんですだ、その時に兄弟が襲ったらしいですだで。それで、西署から団に通報があったらしいですだ」
「……ほう?」
嫌な単語でもあったのか、眉をピクリと動かす。
部下は恐る恐る、考え込み表情が強張ったままの主人に近付く。
「おどど様、大丈夫ですだ?」
「お前も飽きないな。その姿をしておいて、何故おどどと呼ぶ? 他の人間どもと、同じ呼び方をすればよいだろうに──オロロとな」
「いやぁ、おどど様はおどど様ですだで……」
そう言われましても、と困惑する。
この部下は、テイクンの人間と変わらない見た目をしていた。
顔つきは冴えない雰囲気だが、ごく普通の五十代後半の男性にしか見えないだろう。えくぼ皺が目立つ。
普通、ではないのは着込んでいる服か。この季節にしては厚着で、豪華すぎる。
見回すような視線を向けると、部下は怖気付き僅かに後退りする。
「今更な。この世の誰よりも長く人間、をやっているだろう、お前は」
「そ、それはそうですだ……」
穏やかに誤魔化そうとするが、表情が上手く動かない。
やはり、主人は機嫌が悪いらしい。サラッと普段は口にしない嫌味を言う。
これ以上機嫌をそこねてはならない、と部下は顔を引きつらせた。
「団の奴等か、何名だ?」
「定かではないんですけんども、少なくとも三名はいたようですだ」
三名、か。団としては多く駆り出した方だろうと言う部下に、主人も頷く。
警察官を自分達のテリトリーで襲ったりなどするから、そういうことになる。まんまと団に嗅ぎつけられた。
彼等の不手際だ。
「あそこを仕切っていたのは、ソドゥの配下のものだろう? 確か、空間反転の力を与えた筈だ」
「左様ですだ」
「誰が奴を?」
「水色の髪をしていたようですだで、恐らく……」
水色の髪。それには主人も部下も、覚えがあった。
──なるほど、あいつか。
主人は、先程までの苛々した雰囲気から一変して苦笑する。
「よりにもよって、あいつか。あいつにやられるとはな」
「はい?」
首をかしげる部下に、笑っていた主人はスッと表情を戻す。
「……あの娘はいたのか?」
「あの娘は、まだお披露目も済んでおりませんですだ。恐らくまだ、任務にすらついておりませんですだよ」
「……」
主人は少し考えこむと、すくっと椅子から立ち上がった。
「このままだと、計画に支障が出る可能性がある。場合によってはコルピライネン、お前が動くことも考えろ」
部下は威厳のある言葉に狼狽えながら、深々と頭を下げた。
「ははっ! かしこまりましたですだ……」




