第82話 無事
【廃墟 三階】
「ま、またひっくり返ったみたいだなぁ、やっぱり」
「しっ! 大きい声を出すな。見えざる者に見つかったらどうするんだ!」
「お前の方が大きいだろうに! お前が静かにせんか!」
学舎の別棟の三階、とあるスペースに三人組の人影があった。
いや、本来なら三階ではない。反転してしまった為に、三階になってしまった場所だ。彼等は、床になってしまった天井の一部に座り込んでいた。
周囲が高い壁に覆われてしまっている。救いの階段なんて、どこにも無い。
あっても、ひっくり返って使い物にならないだろうが。
もう、どのくらいの時が経ったのだろう。折れそうな心の中で、暗がりの中でひしめきあっていた。
「何故、救援が来ないのだ……。署のみんなはどうしたのだ?」
「我らがおらぬことに気付いておらんのでは?」
「そんな阿呆な話があるか! そうだ、きっと我らを探し回っておるよ」
「探しておるのなら、真っ先にここに来るであろう!!」
──まさか、他の仲間たちも同じ目に。可能性に気付き、顔が真っ青になる。
「やはり、思い切って出てみるか。なんとか、ここから出る方法を考えるのだ」
「そうだな。せっかくまたひっくり返ったのだ、なんとか出られるかもしれん。出る機会を逃しては……」
「ここからどうやって出るのだ? まさか、あの壁を登るなどと考えていないだろうな。それに、奴等に見つかったらどうするつもりだ?」
せめてはしごの一つでもあれば、という一人の言葉に、他の二人も項垂れる。
もうずっとこのままなのか、取り残されたままなのか。
絶望感が彼等にまとわりついた──その時。
「こちらにおられましたか」
突然、凛とした声が上から響く。
「……え?」
「ひえぇ!!」
「だ、誰だ?」
その時になって、三人組は上の明かりからこちらを覗き込む誰かに気づく。
腰まで届くかという髪が、風も吹かないのにサラリと流れる。背の高い、あのシルエット。
その顔を見て、三人は心底驚いた表情になった。
「あ、君は!!」
「おお!!」
「お待たせして申し訳ありません、皆様。剣の団団長、エリーナ・バンディアです。シティー西署の依頼を受け、皆さんの救助に参りました」
エリーナはそう言いながら優雅に微笑む。
「エリーナちゃん!」
「まさか来てくれるとは!」
三人は大慌てで力を振り絞り、彼女のいる方に歩きだす。
「ここは……屋根裏ですね?」
「そうなんだよ。くまなく三階を捜査してたんだが、突然床と天井が逆さまになってしまって」
「ビックリしたのさぁ!」
その結果、本来入れない屋根裏のスペースに落ちてしまった。更に、運の悪いことに。
「見えざる者の仕業だろうけど、声がしたと思ったらすぐに元に戻っちゃったんだよ!」
本来の屋根裏に戻ってしまい、そのまま屋根裏に閉じ込められてしまった、というわけだ。梯子もなく、出るに出られなくなってしまった。
窓もない屋根裏、おまけに聴こえてくるのは化け物の声のみ。
屋根裏にいたのでは、後続の警察の捜索隊もとても見つけられなかっただろう。
だが、この屋根裏は幸いにも備蓄倉庫だったらしく、多少の食べ物がまだ残っていた。それでなんとか、今日まで食いつないでいたのだ。
「何でだか、腹は痛むんだがな。イテテ」
「……本当に、運が良かったですね。ご無事でなによりです」
エリーナの表情は安堵に満ちていた。
「助けてくれるんだな、ありがとう!」
「でも、そこから降りられるかい?」
そもそもが、広い屋根裏部屋であった。エリーナがいる壁の上から、彼等がいる天井──いや、床まで距離があったのだ。
おまけに、壁が滑らかでなんとも滑りそうだ。
しかし、エリーナは心配そうな彼等に笑顔を浮かべる。
トン、と床を軽く蹴ると、ふわりと優雅に下に着地した。軽々と、羽根が舞い落ちるように。
「おお……」
「さて、ここから出ましょうか」
「あ、でも、見えざる者は」
エリーナは力強く頷く。
「大丈夫です。ここに来ているのは私だけではありません、あらかた片付いたみたいですから」
もう、出て来ませんわ。
その言葉に、三人は安堵しきった様子でその場に崩れ落ちた。
「もう太陽を拝めないのかと……」
「な!! ほんとになぁ!!」
おんおん声を上げて泣き出す一同に、エリーナはもう一度笑顔を向けると手を差し出した。
「では、私につかまってください。行きますよ」
「え?」
エリーナはガッと三人の服を掴むと、一気にジャンプした。
「おわぁあああ!!!」
「ひゃああああ!!」
この歳になり浮遊体験をすると思わなかった三人は、悲鳴をあげる。
だが、それも一瞬。建物を抜け出し、すぐに視界が開けた。ようやく三人は、太陽の下に出られたのだ。
彼女の前で喜びを爆発させる三人に、エリーナはにこやかな笑顔でボノを撫でた。
「もしもし、ジェイ? こちら、無事に見つかったわ。貴方のおかげよ」




