第81話 仕事
見えざる者が再び隠れていた目を光らせ、術を発動しようとする。
「来るで!」
だが、その光が再び放たれる事は無かった。
『んちゃ!!』
『べべ?』
見えざる者に向かって、丸く小さい何かが素早く真っ直ぐ飛んでいく。まるで弾丸のように。
──ただの小石だ。
カリンが一足早く、ただの小石を指で飛ばしたのだ。小石のあまりの速さに、映像では上手く見えなかった。
一瞬のことで、アイリ達は思わず立ち上がる。
ガッ!!
ただの小石は弾丸のように見えざる者に向かって飛び、見えざる者の顔に見事に命中した。
その隙に大きくジャンプ、かなりの距離を一瞬にして縮める。
『べべべべ!!!』
絶叫が響く。
見えざる者は、顔のある部分を押さえて悶絶する。発動を防ぎ、ジェイはホッとして息を吐く。
「目に当たったみたいやな」
「確かに、そんな感じの反応だな」
「痛そう……」
やはり隠れていただけで、目はきちんとあったようだ。カリンはあの時一瞬光ったその目の場所を覚え、的確に突いた。
『カリンちゃんパチンコだよ!』
『べべべべ!! ヤダ、ヤダ!!』
左目を潰された見えざる者は悔しがり、右目だけで発動しようとするが、その前にカリンが動く。
『そぉおれ!!』
ガッ!!
転がっていた椅子の脚を掴むと、それで思いっきり見えざる者の頭を叩いたのだ。
『べべ、べべ……』
『どうだぁ!!』
チカチカする頭。見えざる者の姿が、一瞬鮮やかに浮かぶ。ウカの状態になったのだ。
痛みに悶え、五本の足を動かしづらそうにバタバタさせる。
『いっくよぉ~!』
『べべべべ!!』
カリンは一気に足にターボをかけ、見えざる者の足を掴むと、ぐりんぐりん振り回す。
ぶううん!!
そのまま手を放し、放り投げる。
「ええええい!!」
『べべべべヘヘヘヘ!!!』
軽く宙を舞う、でっぷりした見えざる者の巨体。
しかし。
「あ、あかんわ」
ガッシャーーン!!!
放り投げた場所は、廊下側の窓の方向。
見えざる者はそのまま窓を飛び出し、割れたガラスごと廊下に出ていってしまう。
「あ」
「あーあ」
『あ〜〜!』
カリンが気づいた時には、既に遅し。
見えざる者はこれ幸いと言わんばかりに、スタコラサッサと逃げだす。
『イコウ!! イクゾ、べべヘヘ』
『こら~!! 逃げるな~!!』
見えざる者は、興奮しながら全力で廊下をダッシュしていく。五本の足が、もつれもせず器用に動く。
『待てぇ〜〜!!』
徐々に遠くなっていく、カリンの声。
走りながら、自然とインの状態に戻す。これでもう、あの団員には見つかるものか。
「べべ……」
これで身体を再生する。
ここまでダメージを受けてしまうと、しばらくの間はレツの状態にはなれない。だが、あの団員をしのいで闇を食み、身体を再生させていけばまた出てこられるだろう。
見えざる者には、その計算があった。
またオドドさまに力を分けていただこう。あの方はお優しい、きっとお力を貸してくださる。
そう目論んだまま、廊下の角を曲がった。
──その刹那。
サクッ。
『……べべ?』
嫌な感触が、身体を貫いた。
『べべ、ナ、ニ?』
今まで、味わった事ない感覚。
見えざる者が恐る恐る自分の身体を見てみると、自分の腹から何かが突き出している。
人間の腕だ。誰かの強く握った腕が身体から突き出し、目で見て分かるほどに貫通していた。
おかしい、今はインの状態。誰も触れるなんてことは。
じわじわと自覚する傷み。先程までインだった姿が、みるみるウカに変わっていく。
『ア……ア……』
「……!!」
ホノの画面。見えざる者の姿がくっきりと映し出されたその瞬間、見ていた一同は息を呑む。
映っていたのは、カリンのボノの画面ではなく。
『ナン……デ?』
ぽっかりと身体に空いた穴。
その身体が、真ん中からマス目状にバラバラになっていく。
積み上げた積み木が、崩れていくかのよう。
『べべべべヘヘヘヘ!!!!』
見えざる者は絶叫をあげながら、ゆっくりともろい砂のようになって消えていった。
『……ふぅ』
見えざる者が消えた跡。画面から聴こえてきた声は、ヨースラの声だった。
『ヨーちゃん!!』
遅れてやって来たカリンは、やって来たヨースラに気付きぱたぱたと駆け寄った。カリンの画面に、ヨースラが映し出される。
『ヨーちゃん、大丈夫?』
『なんとか。ジェイさん、こっち終わりましたよ』
「分かっとるよ、ご苦労さん」
あっさりと、完了を告げるヨースラ。
51期生は皆、一様に固まっていた。見えざる者の退治の瞬間を、今まさに見たのだ。
「これが仕事ってわけか」
「せやな」
ショウリュウの呟きに、ジェイがあっさりと答える。
画面の向こうのヨースラは、はっとなり表情を変えた。
「そうだ、エリーナさんの方は?」




