第79話 長
「しゃ、喋ってるじゃん!」
はっきりと言葉を話している見えざる者に、レオナルドは慄いた。
これが、喋る見えざる者。見学している一同にも、緊張が走る。
『べべへへへ!! キタ、キタァ! ワザワザキタ!!』
「カリン! そいつが、そのアカデミーに隠れとる奴等の長や!」
目も手もどこかに隠した、ブクブク太った丸いだけの黒い体。雪だるまのように下腹部だけが膨れ、丸っこい足が五本伸びる。
とってつけたような小さな顔。全てを飲み込む大きな口だけが前に突き出し、出っ歯が目立つ。短く太い耳が一つ、頭の上から辛うじて覗く。
カリンは臆する事無く、その長をジロジロと凝視する。
『ふ~ん?』
会話が出来そう。それなら、ちょっと聞いてみようかな。
カリンは軽くステップを踏むと、ズイッと勢いよく見えざる者に近付く。
『べへ??』
『ね~ぇ、ここに誰かこなかったぁ? ウフッ』
『ダレカ?』
『三日くらい前なんだけど、知らないかなぁ? ウフッ』
『……?』
カリンの問いかけに、見えざる者はわざとらしく悩んでいる仕草をした。そして、下品に笑いだす。
『べべべべ!! キタ、キタヨ!! キタヨ、エモノ!!』
カリンの目が明らかに冷たくなり、見ていた一同も息を呑む。映像でも伝わる、滲み出る目の鋭さ。
『えもの?』
『べべヘヘ! ミツケタ……カラ? ミツケタラ、ニゲタ、ワスレテタ!! オイカケヨウ、オイカケヨウ』
『そうか、逃げられちゃったのかぁ』
どうやら警察官は、見えざる者から逃げ出せたらしい。モニターで見ていた一同にも、少しの安堵の雰囲気が流れる。
では、逃げ出した彼等は今、どこに。
「逃げ出せたなら、連絡くらいよこせばいーのによ」
ショウリュウは小さく呟く。その言葉に、ナエカとレオナルドも頷いた。
まさか、連絡が出来ない状況なのか。それとも。
『えもの、追いかけるって?』
カリンはそう言うと、スッと近くにあった机に手をかける。くっと力を込めて。
『ソウダ、オイカケル!! べべべべ』
『そっかぁ……』
──次の瞬間。
ガゴッと強い音と共に、机が宙に浮きあがった。
いや、カリンが机を持ち上げたのだ。それも、片手一本で。
「うわっ!!」
画面で見ていたレオナルドは、驚いて思わず声を上げた。アイリ、ナエカ、ショウリュウも、呆気にとられながら画面を見つめる。
カリンは、爽やかな笑顔を見えざる者に向けた。
『いっくよぉ~! そぉおおれ!!』
勢いよく振りかぶる。そのまま野球の花形投手のように、軽やかに机をぶん投げた。
あまりにも大きい、豪速球。
『べべヘヘ!??』
ガガン!!!
見えざる者は交わそうとするが、机が大きい為見事に当たってしまう。
『べべべべ、イタイ!!』
痛がってピョンピョン飛び上がりながら、部屋から出ようとする。カリンはすかさず出口の前に移動し、逃げ場を防ぐ。
──逃がさないもん!!
『べべべべ!! コウダ!!』
ビュン!!
見えざる者は逆に、側にあった椅子を二つカリンに向かってぶん投げる。カリンはとっさに、片手で一つずつ器用にキャッチしてみせた。
『べべ!?』
『おっかえし~!!』
キャッチした椅子をそのまま、凄まじい勢いでぶん投げる。
ガガガン!!!
『べべべべヘヘヘヘ!!』
見えざる者は宙に浮かんで交わそうとしたのだが、それも予測していたのか見事に椅子が命中した。
「すごい」
ぼそっと呟いたのはナエカだった。流石に先輩だ、このような戦闘に慣れているのだろう。
カリンは胸を張り、見えざる者の前に仁王立ちする。
『こっから先、行かせないもん! ウフッ』
『べべ、ムカツク!! ムカツク!!』
見えざる者は強く悔しがり、ダンダンと地団駄を踏む。
『オマエ、コウダ!! コウダ!!』
口から舌からビロビロ、と突き出し叫んだ──次の瞬間。
ビカーーー!!!
見えざる者の目が真っ赤に強く光り、ホノの映像が強く乱れる。
『きゃ!!』
赤く染まる視界。
画面も真っ赤に染まる。その眩しさに、一同は目を覆った。
「うわっ!」
「なんや!?」
ガガガン!!!
大きな音が鳴り、カリンはバランスを崩して倒れ込む。
「カリンさん!?」
ようやく光が収まった時、画面に映ったものは何故か部屋の天井だった。
「……あり?」
一体、何が。
『いたた』
何かに打ち付けられ、カリンは頭をさすりながら身を起こす。
大丈夫か、と声をかけようとしたジェイは、映像を確認して大きく目を見開く。
「こ、これは」
『……?』
状況が分からないカリンは、自身が倒れている場所を目をこすりながら見渡す。
──その時、左手が何かに触れた。
『ん?』
それは、逆さまになったシャンデリアだった。
『え!?』
見上げると、そこには傷だらけの天井が広がる。
『な、なにこれ~~~!!?』
『べべべべヘヘヘヘ!!!』
カリンが倒れていたのは、部屋の天井だった。
部屋の天井と床が、上下すっかり入れ替わっていたのだ。




