第78話 映像
ホノが映し出す映像には、学習舎の玄関らしき場所が映し出されていた。
取り壊される予定だったこともあるのか、中はすすで汚れ、物が散らかったままだ。
「よっしゃ、カリンは右の廊下、ヨーが左な。団長は、正面の階段上がってーな」
『分かりました』
『は~い。ウフッ』
『階段ね』
三人が明るく返す声が聴こえ、それぞれ別のルートに向かい歩き始める。アイリはジェイに尋ねた。
「ジェイさんが指示するんですか?」
「せや」
ジェイが任務に加わる、とはそういう事だったらしい。
だが映像を見ても、ジェイが何を元に指示しているのかさっぱり分からない。ただ、荒れ果てた廊下が映し出されるだけだ。
「バラバラに行くんですか?」
「適材適所、いう言葉あるやろ? ちゃんとな、役目あるんやで──おっと、カリン、曲がって奥の部屋や。ヨー、六つ目の戸棚一杯あるとこ行ってな」
『二階に来たわよ、どこに行ったらいいのかしら?』
「ほな団長、右にずっと行ったらまた階段あるんやけど、そこまで行ってな」
ジェイはひたすら緑のモニターを観ながら、三人に指示を出す。
何故、その行き先を指示するのか。アイリだけではなくナエカも、レオナルドも、ショウリュウも疑問の色を浮かべていた。
そうこうしている内に、ヨースラが目的地に着いたらしく、映像の動きが止まる。
「お」
『ここですか?』
「そこやな、結構な数おるわ」
『分かりました』
そう返すと、ヨースラは壊れて開いている部屋の窓を、一気に飛び越えた。
部屋の中で、ヨースラの体が舞う。
『シッ!!』
『ダビャアアアアア!!!』
『ギャギギギギギ!!』
映像が揺れる。潜んでいた見えざる者達の悲鳴が、画面から響く。
ヨースラは凄まじいキックで、次々と見えざる者を撃ち倒している──らしい。
「おい、何が起きてるんだ?」
映像に映るのはヨースラの足と、オレンジ色のボワッとした影。ジェイはそのオレンジの影を指差す。
「これ、見えるか? これが見えざる者なんや」
流石は、エイドリアンが作った機械──なのだろうか。きちんと、見えざる者が映る仕様になっていた。
ダメージを受けたためか、たまにその姿が鮮明に映し出される。
潜んでいた見えざる者達が、ヨースラの足技でバッタバッタとなぎ倒されていく。
『オビャアアアア!!!』
『ガタャタャタャタャ』
「おーおー、こりゃ大迫力や」
「……流石、アクション俳優」
ショウリュウの感嘆混じりの言葉に、アイリもナエカもコクコク、と大きく頷く。
「ヨーのあのリャブ格闘術は、リャブ格闘術継承者やった前の団長さんの、直伝やからな」
前の団長であるオーガストは、ヨースラの体力と運動神経に目をつけ、徹底的にしこんだらしい。
腹に、頭に、こめかみに、的確に狙い薙ぎ倒す。
そんな話をしていると、ショウリュウが何か気になるのか、ホノを触り始めた。
「しっかし、見えざる者がぼんやりしすぎてるんじゃねーの? なんだよ、この影」
「見えざる者がインの状態やから、ちゃんと映らへんのやな」
「イン?」
「見えざる者には、三段階あるんや」
まずはイン。見えざる者が身を隠した状態で、エイドリアンですら、その姿を捉える事は出来ない。
「そんな状態があるんすか?」
「せやけど、この状態やったら向こうも身体がきちんと具現化してへんから、こっちに触れる事は出来へんのや」
次がレツ。これは一番有名な状態で、エイドリアンには見えるが、そうでない人には見えない状態だ。
具現化した身体を、特殊な術で包む。
「奴らが動いとる時は、大体この状態でおる事が多いな。一番楽なんやろ」
最後がウカ。ダメージが溜まり、術が途切れ、エイドリアンでない者にすら見える状態だ。
「……あれ? インの状態は、エイドリアンでも見えないんじゃないんすか? なんでヨースラさん」
「ヨーはそのインの状態から見えとるし、触る事が出来んねん。それがヨーの能力や」
「……!!」
隠れている見えざる者を、その目で捉える能力。
しかもそれだけでなく、本来触れられないその状態の彼等に触れる事が出来る。向こうはヨースラには触れる状態ではない、にも関わらず。
まさに、エイドリアンの究極、ともいうべき能力だ。
「インの眼か! 一応前例はあるが、アッカーソン系の能力でもレア中のレアだな。そりゃまた」
ショウリュウが感嘆しながら、映像を眺める。
ディック・アッカーソンを始祖とするアッカーソン系は、自らの身体を武器にする身体的な能力が多い。
一度一族離散してしまった為に、最も所在が不明確な一族だ。だが今の団員の内、エリーナ、カリン、ヨースラの三人はアッカーソン系。ハーショウの執念だろう。
『ジェイちゃん、ここで合ってるのぉ?』
突然モニターから、カリンの声が聞こえてきた。
「あかん、ヨーに気を取られて忘れとった。そこやで」
カリンのモニターに、とある部屋の内部が映し出される。だが、相変わらず暗くて中が見えづらい。
『あっれぇ? ジェイちゃん、誰もいないみたいだけど』
「おらんか? そこにいる奴、インにはなっとらん筈やけどな」
──ヒュン!!
キョロキョロ辺りを見渡し困惑するカリンに、ジェイがそう答えた途端。何かが画面を横切った。
「あっ!!」
アイリとナエカが、思わず声を上げる。瞬きほどの、一瞬。
「今、何か通りやがったぞ」
ショウリュウの言葉に、皆が画面に近付く。
「いたよね、今!」
「手前か」
前を行くカリンをおちょくるかのように、その影は素早く部屋の中を行き来している。
『う〜ん、どこにいるんだろ』
部屋の主は、動くのに飽きたらしい。ようやく立ち止まると、カリンの前にパッと姿を現した。
「……!!」
「お出ましやな、ここの主や」
『……だぁれ?』
『べべへへへ、ヒサビサノエモノ、エモノ!! べべべべべヘヘ!!!』




