第75話 制服
「うわぁ~!!」
アイリ、ナエカ、カリンは箱に宝石のように並べられたチョコレートを見て、歓声をあげた。
踊り子の形をしたチョコレートだ。それぞれの踊り子が、様々なポーズと表情で個性を出している。
「ちっちゃい!!」
「かわいい~。ウフッ」
エリーナが笑顔で、宝石のようなチョコレートの箱を覗き込む。
「ノウシエルのチョコレートね。美味しいって評判だけど、まだ食べたことがなくて」
サロンの机は、ヨースラが買って来た祭りの土産で溢れる。和やかな時間が流れた。
アイリはとりあえず、箱に手を伸ばしチョコレートを手にした。踊り子の、可愛らしいつぶらな瞳と目が合う。
……食べたくないかも、かわいそうって思っちゃう。
「そっか、ショウリュウはヨーと会ったこと無かったのね」
「そうですね」
「ショウリュウちょいちょい来てくれとったのに、ヨーは忙しいいうておらんかったりしたからな」
ショウリュウは魚の漬け物を食べながら、苦笑いを浮かべた。どれだけ忙しかったのだ、この人は。
ジェイは、未だに着替えないヨースラの格好をジッと見回す。
訝しげな視線に、ヨースラは首を傾げた。
「どうしました?」
「せやけどな、やっぱりその格好、どうにかならんのか? まぁ、百歩譲ってツナギはええとしようや。その眼鏡なんやねん。せやから、ナエカちゃんに不審者、とか思われんねやで」
「ヒィ」
名指しされたナエカは、恥ずかしさに顔を真っ赤にして俯く。
いつの間に不審者、などと言ってしまったことが伝わっていたのか。
「え、これですか? いやぁ、つなぎもそうなんですが、落ち着くんですよ」
そう言いながら眼鏡を手に取ると、えへへと笑う。
「落ち着くって?」
アイリがそう尋ねると、ヨースラはアイリに向かってにっこりと笑う。
「僕はパレスに来る前、土工とかスタントマンとか、引っ越しの手伝いとか、そういう仕事を掛け持ちしてたんですよ」
時には、劇場で使用する大道具を作ったり運んだり。時には、倒壊した建物を片付けたり。
「演劇の学舎に通いながら──あ、これどうぞ」
ナエカとレオナルドとショウリュウは、手を止めてポカーンと目を見開いた。 見事に、力仕事のキツイ仕事ばかりだ。
アイリはレオナルドにスタントマン、の意味を尋ね、目を白黒させる。
「あの映画だと、ヨースラさんが自分でやってるんだぜ」
「ひぇえ」
ナエカはチョコレートを摘みながら顔を上げると、雑誌で話していたの読んだことがあるよ、と呟く。
「養子だったので、両親には苦労かけたくなくて早めに家を出たんですよ。当時は本当に学舎のお金だけで精一杯で、苦学生という感じで」
ルノ、ジェイ、カリンと同い年であるにも関わらず敬語口調なのも、養子だったり早くから仕事を始めたりと、その影響だ。
仕事先の寺院で木材を運んでいた時に、ハーショウが彼を訪ねて来たのだという。
学舎に通っていたことと、スタントマンの経験を買われ、後々俳優業もするようになった。
「そりゃ、忙しいわけだ」
眼鏡はスタントマンをやっていた時に、知り合いから贈られた物で、度は入っていない伊達眼鏡だ。
いつか名を残して有名になって、この眼鏡が変装用に使えるようにという気遣いだったようだ。だが本人が気に入ってしまい、必要が無くてもよくかけている。
「気に入っとったんかい!」
「マジっすか……。全然、そんな感じに見えないっすね」
シャープで、細いそんな腕のどこにそんな力が眠っているのか。工事現場に、こんな細身の人間がいるのか。
レオナルドの素直な反応に、ヨースラは笑いを堪えた。
「だから、こういう格好をすることが多かったんです。団の制服はありますが、僕にとってはこちらも制服という感じで」
この姿が気楽なんです、と言うヨースラに皆も笑顔を浮かべた。
盛り上がる一同を他所に、ルノは隅で串に刺されたソーセージを一人で頬張っていた。
だが、そこにカリンがキラキラした目で、ひょこひょこと近付く。
「ルノちゃん、それひとつちょうだい。ウフッ」
「ヤダ」
「なんで~?」
ブツブツ言いながら、ソーセージをカリンから守ろうとルノは苦闘する。
「ところでルノさん、聞きましたよ。映画、見に来てくれたそうですね」
──見に行かないって言ってたのに。
ヨースラに突然そう言われ、ルノはビクリと固まった。
「行ってない」
「チケット持ってたって聞きましたよ~、感想は無いんですか?」
「行ってない」
ソーセージを狙うカリンと、爆弾を落としてくるヨースラ。ルノは必死に逃げ回り、周りはその姿にドッと盛り上がる。
「……仲いいんすね」
「そりゃ、ね」
レオナルドの言葉に、エリーナは優しい目を向けた。
「失礼します」
その時、サロンにドナが姿を見せた。後ろにはハーショウもいる。
いきなり背後にドナが現れ、ジェイが驚いてチーズを落としてしまう。
「ハーショウさん!」
「久しぶりだね、ヨースラ君」
「どうしたの?」
エリーナの声には、緊張が含まれていた。ドナが話しかけてくる時は、大概何かしらの事件だったりするからだ。
そんな心配を他所に、ドナは相変わらずの無表情のままで口を開く。
その声は、機械のように無機質に言葉を並べる。
「オーナーがお呼びです」
「誰を?」
「ここにいる皆さん、あと51期生の皆さんもご一緒に、と」




