第74話 悪戯
「あの映画の!」
アイリは、驚いてその人の顔を見つめた。
ヨースラ・イーストウッド。
国境線からきた男2、その主人公のダン。大きな画面越しで見ただけの人が、まさに目の前にいる。
レオナルドは、バッとアイリに詰め寄った。
「アイリ、まさか、あの映画観たのかよ?」
「うん、観たの」
「映画、観てくださったんですか? 嬉しいですねぇ、ありがとうございます」
ほわほわした、のんびりした口調でヨースラは喋りだす。あの映画の主人公、ダンの男らしい姿とはとても似ても似つかない。
実際は爽やかで、柔らかい雰囲気の人だったのだ。
49期生。まさか、ダンが先輩だったなんて。ところで何故、この格好なのだろう。
ナエカは、自分がヨースラの声に気がつかなかった事に衝撃を受けていた。散々聞いた声なのに、不審者だなんて。
それはショウリュウも同じだった。驚きのあまり、大きく目を見開いている。
──団が誇る人気者、ヨースラ・イーストウッド! この人が!
「あら、誰もアイリにヨースラの事話してなかったの? 困ったわね」
エリーナの言葉に、レオナルドはエヘヘ、と曖昧な笑みを浮かべた。ナエカも思案の表情を浮かべる。
「……そういえば、話してなかったなぁ。何でだろ?」
「ハーショウさんが言ってたじゃんよ。アイリがここまで知らないなら、ヨースラさんの事は言わない方が面白いかもね〜って」
「あぁ、そうだったね」
思い出したように、ナエカは頷く。
「ハーショウさんが?」
「まぁ、ハーショウさんったら」
エリーナは思わず吹き出し、笑いだす。どうやら、ハーショウのイタズラの一環だったらしい。
「そういえば……」
アイリはその時、ハーショウの言葉を思い出す。アイリが初めてパレスを訪れた、あの日のハーショウの言葉。
『前の代の子達が抜けてから、たった五人で頑張ってきたんだよね』
エリーナ、ジェイ、カリン、そしてルノ。
五人と言うなら、一人足りなかったのだ。
「うわぁ、何で気がつかなかったんだろう……」
頭を抱えるアイリを他所に、ヨースラはショウリュウに気が付き振り向くと、ぽっと頬を染めた。
「もしかして、シリュウさんの弟さんですか? わぁ、顔よく似てますね~」
「ど、ども」
ショウリュウが顔を引きつらせながら答える。他の49期生とは違い、意外にも初対面だったらしい。
つなぎ姿でフレンドリーに近付かれ、ショウリュウも困惑する。
「撮影と怪我でずっと抜けていたんですけれど、今日から復帰なので。皆さん、よろしくお願いしますね!」
各々ショックを受けている後輩達を他所に、ヨースラはにこにこと笑顔だ。
「ヨー!! ヨーやんけ!!」
騒ぎを聞きつけたのか、他の先輩達もやって来た。彼等の顔に、ヨースラの顔もパッと明るくなる。
「ただいま戻りました~」
「足、大丈夫なんか?」
「はい、すっかり」
「ヨーちゃああああああん!!!」
情熱の叫び。カリンが走ってくるや否や、全力でヨースラに飛びつく。凄まじい勢いにヨースラは戸惑い、バランスを崩しそうだ。
「ちょ、ちょっとカリンちゃん、あの」
「帰って来たあああ~〜〜!! ヨーちゃああああああん!!」
半泣きでしがみつき離れようとしないカリンを、ヨースラは必至に宥める。
ジェイはようやく、ヨースラの側に転がる多くの袋に気が付いた。
「なんや大荷物やな、それどないしてん」
「広場でお祭りやってて、色々買って来たんですよ~。みんなで食べましょう」
そう言いながら、袋を手にするとニコッと微笑む。
チョコレートにポテト、杏子のクッキー、魚の漬物、干したフルーツまで一杯ある。
アイリとナエカは、うわぁ、と歓声をあげた。見ているだけで、お腹がすく。
「あ」
「……」
ヨースラは遅れて入って来たルノに気付くと、ひょこひょことルノに近付いた。
「ただいま戻りました、ルノさん」
「ん」
「これ、ソーセージの燻製です。ルノさん好きでしょう?」
「……ありがとう」
ルノはご満悦そうに、ソーセージのパッケージを眺める。手描きで書かれた、山の見事なデザイン。頂上に雪が積もった、美しい山だ。
上機嫌でソーセージの袋を取り出すのを見て、ジェイは不満そうな表情を浮かべる。
「なんや、ルノだけか。俺のんは?」
「そんなことないですよ。エリーナさんにはチョコレート、カリンちゃんにはほら、杏子のクッキー買って来ましたし」
「俺だけ無いんかい!!」
憤慨するジェイに、ヨースラはアワアワしながら後ずさる。
「だってジェイさん、出されたら本当になんでも食べて──甘いの以外。いつも何食べるか迷ってるじゃないですか」
「せやったら尚更何でもええやんけーー!!」
ヨースラはびゃあ、と変な声で叫び、ジェイから逃げていく。ジェイはその後ろ姿を、凄まじい加速で追いかけていった。
エリーナが、呆れたように呟く。
「あらら、全く」
「ほぇ……」
アイリは、すぐそばに飾ってあるポスターを見つめた。誰が飾ったのだろう、ヨースラのポスター。
「あの人が、ダン」
そのポスターに映っている青年と、目の前で逃げ惑うヨースラが同じ人物だとは、アイリにはどうしても信じられなかった。




