第71話 屋台
【テイクンシティー 中央通り】
【ニザチェ広場】
その日は地域のあらゆる食の屋台が並ぶ祭り、クンベ祭りが開催され、沢山の客で大いに賑わっていた。
あらゆる食べ物の香りの連鎖。
踊り子達がボタニカルなふんわりとした赤い衣装に身を包み、音楽になって優雅に舞い、人々を出迎える。
「さぁさぁいらっしゃい! おいしいよ!」
「バタライで獲れた新鮮な果物だよ~!」
ミンク鳥のロースト、豚の舌の肉の煮こごり、シティーを出たすぐ先の港から獲れた新鮮な魚の漬物。
イオ豆を煮込んだスープ、エビとヤハ芋のグラタン。
ザンデリや、茶色く固いパンを焼いてデコレーションした焼き菓子、カチの屋台もある。
華やかな広場の中央。パンパンに膨らんだ大きな荷物を片手に、一人の男が広場の人混みの中で立っていた。
「帰ってきたんだ……」
広場を見渡し、感慨深く呟く一人の男。
彼は、かなり奇妙な身なりをしていた。
ヒョロっとした痩せた体格に──つなぎと言うのだろうか──作業員のような格好をして、深い帽子を深く被っている。更に、目が見えない程の瓶底眼鏡。
紛れ込んだ怪しい男に、周りのお洒落な人々は怪訝な視線を向けていた。
男は既に、色々屋台を巡ったのだろう。沢山の袋を重そうに抱えながら、とある屋台に近付く。
売り子の気の良さそうな中年女性が、彼に気付き、ニコニコと笑顔で男に声をかけてきた。
「そこの兄さん、これ食べてみんしゃい。ピューザの、おいしいソーセージの燻製だよ」
「わぁ、おいしそうですねぇ。いただきます」
差し出されたのは、ソーセージの燻製が刺さった串。
ピューザは東の方にある田舎で、豚や牛の畜産が有名な地域だ。串に刺されたソーセージを一口、口に入れるとパリッと美味しそうな音を奏でる。
男の頬が、その美味しさでポッと紅く染まった。
「おいしいですねぇ、このソーセージ。香りがよくて」
「そうだろう? マゴの木のチップでね、燻製してあるのさ」
「へぇ」
男はふと、食べる手を止めた。
「──そういえば、あの人これ好きだったな」
「え?」
男は誰に言うわけでもなく呟き、売り子のおばさんは首をかしげた。
珍しいパッケージの袋。彼はおもむろに何袋か掴み、ニコッと歯を覗かせ女性に向かって微笑む。
「これ、ください」
女性から袋を受け取ると、今度は隣にあるチョコレートの屋台を覗いていく。
「いらっしゃいませー!」
今度は色とりどりのチョコレートが、まるで宝石のように並ぶ。チョコレートは、テイクンシティーの名産の一つだ。
中央のケースに飾らせたチョコレートの詰め合わせが、一際目を引く。
お祭りの様子を再現しているのだろう、踊り子を模した人形のチョコレートで埋め尽くされた詰め合わせ。
楽器を抱えていたり、拍手をしていたり。どれも髪型や表情がそれぞれ違い、生き生きとした印象を醸し出す。キュートな丸い目が印象的だ。
「わぁ……可愛らしいですね、これ」
「うふふ、ありがとうございます。このお祭りの為に作った、新作なんですよ!」
若い売り子の少女が、爽やかな笑顔でどうですか、と勧めてくる。
「可愛いでしょ?」
「そうですね、この子とか可愛いです。ほら、その」
「この帽子の子ですか? 可愛いですよね〜」
男はそのクオリティに感嘆の声を上げながら、スッとその宝石のようなチョコレートの箱を指差した。
「これ、ください」
「ありがとうございまーす!」
男はほくほくした顔で、チョコレートの箱を受け取とった。
売り場を去る時、帽子からこぼれた水色の髪が僅かに見えた。沢山の袋を抱えながら広場を去っていく。
売り子の少女は、その後ろ姿に元気に手を振りながら、ふと首をかしげる。
──あの声、どこかで聞いたことがあるような気がするな。誰だっけ。
少しの間考えこんでいた少女は、その声の主を思い出し、ハッと表情を変えた。
「あああ〜〜〜〜!!!」
「わっ!」
「なんだ!?」
「ああああああ!!!!」
少女の叫びは広場中に響き渡り、広場の人々をギョッとさせたのだった。




