第67話 永遠
【ダリュロス通り】
【アパートメント エルドラド】
「わたし達、ザガの国から来たよ」
アイリは、シリュウが焼いてくれたパイに舌鼓を打っていた。
一つ一つお星さまの形をした、可愛らしいパイだ。
コデルの小麦、この小麦粉はパンにも使用される事がある。その小麦粉にバターを練り込み作られたパイ生地は、ホロホロと崩れる中に少し弾力があった。
星形にくり抜かれた中にはあんずのジャム、そしてあんずの砂糖漬け。サクサクホロホロの食感の中で、しっとりしたあんずが甘酸っぱい。
右手が包帯で固定されているので、かなり食べにくかったが。
「ザガの国?」
「テイクンの属国だ。西の国境の山脈を越えた、ずっと先にある」
ショウリュウはこちらを向くこともなく、目はパイに集中しパイを頬張る。
……ゾクコク? コッキョウ?
コッキョウなんて地名、あったっけ。あと、サン──何だって?
ぶっきらぼうに説明してくれるが、アイリには出てくる単語がさっぱり分からない。
「ほとんどは砂漠地帯だが、資源が豊富だからな。砂漠でチザンが採れる。それでテイクンが属国にしたってわけ──あんた、今の話理解してんのか?」
明らかに頭に疑問符を浮かべているアイリに、ショウリュウは眉を寄せる。アイリは顔を引きつらせ、曖昧な笑みで誤魔化す。
シリュウはふふ、と微笑むと話を進めた。
「わたし達、コーラ系のリ家の子。でも、家出て来た」
「コーラ系!?」
「正しくは、オールブライト系だから」
「コーラ系だよぉ!」
わざわざ訂正したショウリュウに、シリュウはムキになって言い返す。
「コーラ系、聞いた事があります!!」
アイリは思わず興奮して、身を乗り出した。
──かつて、長老から聞いた話。
太陽の始祖の末裔である六つの家の中でただ一つ、始祖が他国に飛ばされてしまい、その地にて栄えた家があると。
それが始祖達の中で最年少だった、コーラ・オールブライトの末裔であるコーラ系だ。
コーラがその地にてリ家に嫁ぎ、そのリ家が末裔の一族となって、血を繋いでいる。
そして、その能力は。
「自然を操る力があるって!!」
「違う、操るんじゃない。血を使い、自然の力を召喚する能力だ」
バッサリと訂正されてしまった。ショウリュウの言葉に、シリュウはうふふ、と笑う。
「ショウリュウは風、わたしは」
シリュウはそこまで告げると、手を何かをすくうような仕草で、スッと差し出す。
突然の行動に、アイリは首をかしげた──次の瞬間。
器になった手のひらに、透き通った水が湧き出し、速やかに溜まった。
どこからともなく現れた、麗かな水。
「……!!」
「──水の能力ね」
呪文を唱えることもなく、湧き出した水。ここまでスムーズに、あの一瞬で。一体どのように。
「スゴイ!!」
興奮して喜ぶアイリに、シリュウも満足そうだ。始祖のコーラも、同じ水の能力の持ち主だったという。
シリュウとショウリュウは、そのコーラ・オールブライトの直系の末裔だ。アイリと同じ、本家のお嬢様と若君。だが。
「国で色々あって、思いでて……ちがう、思い切って、二人でテイクンに来ちゃったの」
「二人だけで?」
アイリの問いに、シリュウは笑顔で頷く。そこからずっと二人だ。アイリとブライアンのように。
自立かぁ、とアイリは感心した。
シリュウは16歳で剣の団に入ったと言うから、少なくともその歳の時には、テイクンにいたことになる。
16歳で小さい弟を連れて異国の地で、親もいないのに暮らす。
その為には、必要な物があった。
「おかね、大事! おかね無かったよ。ハーショウさん、わたしに入らないかって団に呼んでくれた。ハーショウさん、恩人」
「恩人か? あれが」
「ショウリュウ、失礼言わない~」
国に二人が来る事を知ったハーショウに、とりあえずシリュウがスカウトされたらしい。
異国の地で言葉も通じない中、この歳の娘がお金を稼ぐ方法など、限られている。
裏を返せば、五年間も在籍したのも同じ理由なのだろう。だから今、こうしてこんな豪華なアパートメントに居を構えている。
それにしても、ハーショウはそんな前からスカウトをしているのか、とアイリは少し驚いた。
「ショウリュウ、わたしが団にいるときお師匠さまいたよ。お師匠さまに、血とエイドリアンのこと教えてもらった。だから、えっと、くわしくてエライ! エライの」
シリュウに突然褒められて、ショウリュウは飲み物を吹き出してしまった。
「あー、あー、ライナニギヤ」
「だから、何言ってんだよさっきからよ!! ま、メニーより詳しい自信はあるけどな。今の団員には負けないさ」
「メニーって?」
「あ、おねーちゃんって意味よ」
負けない、という言葉に大きな自信、いや確信が見えた。
──暮らしの為に、団に。
こういう人もいるんだな、とアイリは感嘆した。
あの里にずっといて、あの丘でずっと遊んでて、不自由など感じなかった。暮らしに困るなんて事、想像もつかなかった。ずっと続くものだと思っていた。
兄がいてくれて、周りにも人がたくさんいて、帰ったら温かい食事が用意されていて。今も食事は兄におんぶに抱っこだ。
でも、全ては変わる。永遠なんて無いのだった。




