第65話 電話
プルルルル!!
電話の音が、部屋に鳴り響く。
ショウリュウが立ち上がり、動こうとしたが、戻って来たシリュウの方が一足早かった。救急箱をそばに置くと、サッと受話器を取る。
「もしもし、大家のシリュウです。あ、エリーナ! お久しぶり!」
電話をかけてきたのはエリーナだった。
名前を聞いた瞬間、アイリは反射的にソファーから立ち上がる。ショウリュウもエリーナからの電話に、わずかに目を鋭くさせた。
「アイリ?──来てる、ここにいるよ。ううん、アイリはケガしてるよ。うん、うん、ちょっと待ってな」
シリュウは、スッとアイリの方に受話器を向けた。
「エリーナだよ」
アイリは見慣れない物に戸惑いつつ、恐る恐る受話器を受け取った。
ここを、耳に当てればよいのか。自宅に一応あるものの、まだ使った事が無かった。
「えっと、エリーナさん、あの」
『アイリ、無事シリュウさんの家に行けたのね。怪我って……何があったの?』
いつも通りの優しいが、芯の通った威厳のある声。
ダイレクトにそう聞かれて、アイリは答えに詰まった。本当に、声が聞こえてくるのだ電話という物は。
焦りながらも、なんとか口を動かす。
「えっと、その、マーチが流れて人がみんないなくなったんです。ゴーレムさんだったんです! ゴーレムさんが来て、その、銃がバンバンって、それで」
『アイリ、落ち着いて。その、ゴーレム──とやらに撃たれたのね。怪我は?』
エリーナに心配に満ちた声でそう指摘され、アイリはハッとなった。
バッと、あの時の光景が頭に鮮やかに蘇る。気がつくと、受話器を持つ手が僅かに震えていた。
「貸せ」
痺れを切らしたのか、横からショウリュウが出て来た。アイリからサッと受話器をひったくる。
「エリーナか? 俺だけど」
『──もしかして、ショウリュウ? お久しぶりね』
アイリはギョッとした。今の団員に、最年長で歳が離れているエリーナの事を、エリーナと呼ぶ人は誰もいない。
「さっきの件だけど、とにかく長くなるから後にしてくれ。大した傷じゃない」
『あなたがどうして知ってるの?』
「たまたま俺が居合わせたんだよ、そいつらを追っ払ったのも俺だ。どうせ後でパレスに行くし、その時でいいだろ?」
『……そういうことなら、二人だけで来させるわけにはいかないわね』
「はぁ!?」
突然大きな声を出したショウリュウに、アイリもシリュウも驚いて目を見合わせる。
「いやだから、いらねーから!!」
そのまま、ショウリュウは何やらエリーナと言い争う。
スゴイ、団長と言い争えるなんて。
「何言ってんだよ。あ、おい、待てって! おい!! クツラ!」
──静止。
ショウリュウは強く強くため息をつくと、受話器をガチャンと切ってしまった。
「いいの?」
「……迎えに来るだとよ」
「ホアニ! みんな来る?」
「知らね」
アイリとしては少し安堵したのだが、ショウリュウは不満一杯の表情だ。
子供じゃねーんだから、とブツブツ言葉を並べた。
「みんな、心配してるよね」
アイリが目を伏せているところに、シリュウが救急箱を持ってアイリの隣に座る。
何故か手に巻いてある数珠を取り出すと、ブツブツと術を唱え始める。
ショウリュウがした応急処置のブラウスを外すと、何やら薬を塗っていった。そして包帯を巻き直す。テキパキと、流れるような手際の良さ。
「……うん、これで大丈夫」
処置を終えると、シリュウはにっこりと笑顔でアイリを見つめた。
アイリは、処置してもらった腕をマジマジと見つめた。少しだが、痛みが治まっている気がする。
「心配ないない! わたしいるよ、ショウリュウもいる。みんな来るまでここで休めばいいよ!」
アイリはありがとうございます、とコクリと頷いた。ホッとするような何かが身体を満たしていく。
「そうだ、パイ焼いた! おいしいパイ、アイリも食べようよ」
「もう冷めてるし、まだ食べてねーだろ。それ美味しいのか?」
「おいしいよぉ!」
台所に向かい、何やら言い争いをする二人の姉弟の姿に、アイリはやっと笑顔を見せた。
そしてアイリは、今まさに家で自分の帰りを待っているであろう、たった一人の兄を思い浮かべた。




