第63話 鍵
【ダリュロス通り 23番地】
【アパートメント エルドラド】
「ここだ」
青年に連れられてアイリが訪れたのは、この辺りの建物の中でも、一際大きなアパートメントだった。
ランプや、遠目から見えるバルコニーの手すり、細かい造りが美しい。入り口の門に飾られている細工は羽ばたく鳥、銀色が高級感を感じさせる。
お洒落なアパートメントだ。それでも赤い三角の屋根は他の建物と変わらず、かえってシュールに見える。
「わ……」
その大きさと豪華さに、思わず息を飲む。
青年は躊躇なく、アパートメントの玄関に足を踏み入れた。
広い玄関は内装も綺麗で、歩くとカツカツと靴の音が響く。床だけでも、かなり高級なアパートメントだと分かる。
奥にある長い階段を登って行く。回るように登る階段、螺旋階段と言うらしい。
「まさか、この国でリ・シリュウを知らない奴がいるなんてな」
そう言いながら、青年は苦笑する。やはり伝説の団員だけあって、有名人なのだろう。
この辺り、いやこの国で本来なら誰もが知る人。
今更だが、アイリは不安にかられる。そんな人のところに、いきなり訪ねて大丈夫なのだろうか。
それにしても苗字が一文字だけとは、初めて見た。
「しかもあんた、自分で団員って言ったんだぜ」
団員が団員の事を知らなくていいのか、と遠回しに言われ、アイリはグッと言葉に詰まる。
正直、アイリは今の団員のことすらよく分かっていない。アイリは、知らない事だらけだ。
「家も、部屋番号までみんな知ってるの?」
「この辺りの連中なら、大抵の奴は知ってるだろうよ」
それは凄い。このアパートメント、かなりの部屋の数だが。
青年が案内したのは、アパートメントの最上階だった。
「わぁ!……綺麗」
最上階の廊下から見える、シティーの景色。遠くまでキラキラと輝き非常に綺麗で、アイリは思わず声を上げた。
そもそも建物が高いので、見晴らしがいい。
明るい日差しに照らされたカラフルな屋根が街を彩り、一際華やかだ。夜だと、灯りで更に美しい光景になるだろう。
「そうか? こっちだ、早く来いよ」
感動していたアイリだったが、青年はバッサリ感動を切り捨てた。先々と歩いていく彼に、アイリは慌ててついていく。
──なんかこの人、淡々としてるなぁ。
不貞腐れるアイリを他所に、青年はサクサク足を進めると、奥にある扉の前で立ち止まった。
「この部屋?」
「ああ」
アイリの緊張が増す。包みを持つ手が僅かに震えるのを、深呼吸で止めようとした。会ったら、ちゃんと挨拶しなければ。
そのまま呼び鈴を鳴らすのかと思いきや、青年はおもむろに、ズボンのポケットをゴソゴソと探りだす。
取り出したのは、鍵だった。
「……え?」
アイリは鍵に気付き、目を見張る。そして青年は、そのまま扉を開けてしまった。
ガチャ!!
──この人、まさか。
アイリが絶句する中、彼が鍵を回すとあっさりと扉が開く。青年は、堂々と中に足を踏み入れた。
「タルヨラ」
「タルヨラバ!」
異国の言葉なのか、聞いたこともない言葉を話し出す青年。そして中から返ってくる、同じく聞いたことのない言葉。
中からひょこっとエプロン姿で顔を出したのは、エリーナと同い年くらいの若い女性だった。
後ろで一つに括られた、青年と同じ赤い髪が跳ねる。
柔らかいが、大きな瞳。青年よりはいくらか白いが、この女性も浅黒い肌をしていた。
「ショウリュウ、キワーヤワ? パイヌヤマヒ、オッタメゲ!」
ミトンを付けたまま、笑顔で駆け寄ってくる女性。彼女が話す言葉がさっぱり分からず、アイリは困惑する。
鹿の刺繍が施された、エプロンが可愛らしい。
女性はようやく後ろにいたアイリに気付き、首をかしげた。
「──ショウリュウ、キンア、ニギ?」
「エターニモイ、ノイムゴリョゴッテ」
青年が謎の言葉で返すと、女性の表情がパアァッと明るくなった。
次に彼女が発した言葉は、聞き慣れたテイクンの言葉。
「じゃあ、ショウリュウのともだち?」




