第62話 派手
「フフ……」
誰もいないダリュロス通りの路地を、グルベールは一人闊歩していた。
散歩でもしているかのように、軽い足取りを踏む。足を踏む度に、足跡が冷たく凍りつく。
そんなグルベールに、影に紛れて一体の見えざる者がゆっくりと近付く。
上半身の姿はかろうじて人の姿だ。かなりの老齢に見えるが、その皮膚は魚のような鱗に覆われ、耳であろう部分は腰の部分に届きそうな程垂れ下がっている。
そしてその下半身は見えず、古びた機械に乗っていた。鈍い音を立てる乗り物を、身体の一部のように動かす。
「なかなか、楽しそうな祭りがあったようではないか? マンキャスト」
「マツリ──そぉうみたいでぇすなぁ。ギギ」
「おや?」
グルベールには予想外の反応だったのか、少し間が空く。
「お前の手のものかと思ったが、違うのか?」
「ほっほっほっ。小生は、あのちみっちゃいブキはきらぁいで、しなぁいですなぁ」
「しない、ではなく使わない、であろう」
「ギギ?」
何故、ショウセイだけそのように流暢に喋るのか。いや、むしろちみっちゃい、をどこで覚えた。
「確かに、お前ならもう少し派手な武器にするだろうな」
「当たらないと、つまらぁないですよなぁ」
マンキャストでない、とすると。
グルベールは不敵な笑みを浮かべた。
「お前は、派手に出歩くのが好きなようだな。お前のその見た目は大変に目立つ、上手く隠れておけ」
「ギギ」
了解、の意味なのかマンキャストの姿は闇に溶け込む。
マンキャストを見届けたグルベールは、全身が隠れてしまう程の大きな白いマントを被ると、路地から颯爽と歩きだす。
「ククク……」
そのマントの姿を、通りに駆けつけたエリーナが遠目から見ていた。
目の前を行く、白いローブが歩くようなその奇妙な姿に首をかしげる。
「……何かの宗教?」
その者は、サッサと足早にその場を後にする。
剣の団団長がわざわざ駆けつけたものの、マーチの音が収まったこともあり、続々と人々が出てきて普段の光景に戻りつつあった。
人々は、エリーナの姿を見つけて笑顔で駆け寄ってくる。
「おお!! 来てくれたか、エリーナちゃん」
「エリーナちゃんだ」
「エリーナ!」
人々からの尊敬の眼差しを受け、エリーナは困惑する。
彼女がこの通りに着いた時にはもう、見えざる者などいなかったのだ。
「エリーナちゃんが来てくれたのか! さっきの見えざる者、倒してくれたんだろ?」
「え?」
「おっかなかったんだよー。ずっと向こうからな、銃声がしててな」
「ずっと音がしてたんだよ」
「銃!?」
通りの人々隠れている間、ずっと銃声が聞こえてたという。エリーナは顔色を変えた。
それも、銃は一丁や二丁ではないと言う。
「皆さんはご無事ですか」
「おお、怪我した奴はいない。ただ、あそこの看板に穴空いてたぞ」
「あそこの商店も、ほら、壁のとこ崩れちまったみたいだなぁ」
看板だけではない、ガラス戸が割れている建物もあった。
重い何かがぶつかったのか、壁の隅に穴が空いているのも見える。
──明らかに、派手に誰かと争った跡。
「誰か、人の声がしたと思って心配したけどよ。悲鳴みたいな」
「おお、しとったのぉ。わしも聞こえた」
「人の声、ですか」
しかし、その悲鳴の主も見当たらないようだ。
「マーチが聞こえなかったのかねぇ」
「逃げ遅れたんだろうなぁ、きっと。どんくさいな」
「まぁ、大丈夫さ。あれだけ探して、怪我した奴いなかったんだから」
上手く逃げたんだろう、と頷きあう。
「それにしても、銃を使う見えざる者なんておっかねぇなぁ」
「機械使う奴くらい、いそうだが」
「ちげぇねぇ、使う奴いるって聞いたぞ」
「こわいねぇ、おっかないねぇ」
ざわつく民を前に、エリーナは顔を険しくする。
「どうなってるのかしら……?」
エリーナは思わず小さく呟く。
警察の通報が届かず、マーチが流れていると通りの住民からパレスに直接連絡があり、慌てて来たらこれだ。
──そもそも、本当に見えざる者だったのだろうか。
一体、どのような存在が発砲を。そして、その結果何が起きた。その存在はどこに消えた。
逃げ遅れた者。
その時、エリーナの頭にとある考えがよぎった。ハーショウとアイリの約束だ。
──そうだ、アイリにこの街のマーチの意味など分からないのではないか。
では、逃げ遅れた者というのは。
「アイリ……!!」
エリーナの脳裏に、その時刻この通りにいた筈の後輩の姿が映った。




