第58話 朗報
【パレス 大広間】
「と、と、隣の家だってぇ!?? アパートメントの!?」
開口一番。アイリの報告に、レオナルドもナエカも揃って絶句した。
よく通るレオナルドの大きな声に、先輩達も驚いてこちらの様子を窺う。
「マジか、マジなのか!?」
「うん、今まで気付かなくて」
「……信じられない」
ナエカはぼうっと瞳に黒い影を宿し、明後日の方向を見やった。目まぐるしい速さで、ナエカの頭が回る。
──つまり、どういうこと?
アイリちゃんが家に帰ったとするじゃん。そしたらさ、隣の扉がその、つまり。玄関の扉開けたらバッタリ会っちゃう、とか。
いや、そんなのまだ序の口。行き帰りの道が全く同じってことだよね。じゃあ、じゃあ、並んで歩いちゃったりとか、その。
もしかしたら、郵便が間違って届いちゃったりとかもある?……なんて書いてある!?
いやいや、壁越しにルノさんの声が聞こえるかもしれない!
頭の中に収まらない考えが、どんどん膨らんでいく。結局、出した結論は一つ。
「羨ましい……」
ジトッとした目に、黒いものを滲ませながら呟くので、アイリは慌ててしまう。
「私もビックリしたんだよぉ!」
「そりゃ、ビックリだろうぜ」
「ふーん…」
ナエカのじとっとした目つきが、ただひたすらアイリの恐怖心を煽ってくる。
そんな会話を聞いていたジェイは、吹き出しそうになるのを堪えながら、ルノの背中をバシバシと叩く。
「やるやんけ、お前」
「何が」
鬱陶しそうに硬い声で答えるルノに、エリーナとカリンも笑みを浮かべた。
その時、大広間の扉が開かれた。
「あれぇ、今日はなんだか賑やかだね」
突然現れた人物に、一同は目を丸くする。
「ハーショウさん」
前にパレスを訪れたのは、いつのことだったか。ハーショウは何やら書類を抱えながら、上機嫌にステップを踏む。
一同を見渡すと、得意げに堂々と宣言した。
「さぁて、君達に朗報を持ってきたよ!!」
「……」
「……」
だが先輩達は、一斉に苦虫を噛み潰したような表情で返し、アイリ達は面食らう。
「あれ」
「ど、どうしたんすか」
「朗報やて? 怪しいもんや」
「早く言えばいい」
「今度は何があったんでしょうね」
「ハーショウさんが持って来る話、ほとんど悲報~。ウフッ」
先輩達の畳みかけるような辛辣な反応に、ガクッと項垂れる。これが日頃の行いなのか。
「ひっどいなぁ!……特にカリン君!!」
普段表情があまり変わらないルノの、完全に不審者を見るような目つきに、アイリは笑ってしまいそうになるのを堪えた。
そんな先輩達の反応を喰らいながらも、ハーショウはすぐに気を取り直したらしい。勿体ぶってフフフ、と顔をにやけさせる。
「だけど、これを聞いてもそう言っていられるかな?──新しい51期生が、一人決まったんだよ!」
その言葉に先輩達だけでなく、アイリ達51期生も一斉に顔色が変わる。
「……本当に?」
真っ先に口を開いたのは、ナエカだった。以前オーナーが言っていた、入るのがほぼ確定の四人目か。
──どんな子なのだろう。
アイリは、期待に胸を膨らます。ナエカとレオナルドも、先輩達も同様だったようだ。
「おぉ、それは確かに朗報やな」
「ちゃああああ!……じゃあ、じゃあ、これで51期生全員揃うの?」
期待がたっぷりの目でカリンに詰め寄られ、ハーショウは困惑した。
51期生が全員揃うということは、引き継ぎ期間の終了を意味する。彼等が任務に加われば、負担はある程度は軽減される筈だった。
目の前で輝く、期待に満ちた大きな可愛らしい瞳。ところが、ハーショウは言葉を濁す。
「それが……もう一人入るかもしれない子がいて、まだ交渉中なんだ。この子は結構、時間がかかりそうで」
──言葉に出来ない虚しさ。
先輩達は揃って脱力し、ソファーになだれこんだ。これでもかと、大きなため息を漏らす。
「結局そうなるのよね……」
「やっぱ悲報来てもうたやんけ……」
新たに加わる51期生。ガッカリする先輩達とは裏腹に、アイリ達は驚きで目を見合わせたまま。三人でひっそりと集まり、コソコソと小声で会議を始めた。
「もう一人入るかもって言った?」
「じゃあ、五人かもってことだよな」
「五人は多いね」
「五人、かぁ」
50期生がルノ一人だけだったので、バランスを取ろうとしているのかもしれない。
落ち込む先輩達の姿にあたふたしながらも、ハーショウは話を進めていく。
「と、とりあえずそういうわけだから、二日後の午後は全員パレスにいてくれないかな」
その日に新しい子が来るから、と言われ全員バラバラに頷く。先輩一同は、ほぼ投げやりだ。
「歓迎してくれよ。そうだ、それと──」
ハーショウは冷えた鋭い目つきを浮かべると、アイリの方にスタスタと近付いた。
「アイリ君。その日の午前中なんだけど、ちょっとお使い頼んでいいかな」
「え?」
ハーショウが差し出したのは、包みと一枚の紙だった。包みは、綺麗な蝶々柄で彩られた包装紙で作られている。
紙にはかすれた文字で記された、どこかの住所。
──ダリュロス通り23番地、アパートメントエルドラド。
「この包みを、ここへ届けて欲しいんだ。アイリ君はまだこの街について知らないし、いい勉強になるんじゃないかと思ってね」
気になったのか、横から紙を覗いてきたエリーナは、その住所にあっと声を上げた。
「この住所って、あの人の……かな?」
ハーショウはうん、と頷く。
「その人は元団員でね、伝説の団員と言われてるんだ。ついでに、その人に挨拶してきたらいい。きっとあの子なら、アイリ君のこと気にいる筈だからね」




