第56話 隣人
【セントバーミルダ通り 269-12】
【アパートメント アリビオ】
「へぇ、それで?」
「それでね、大きな機械が出て来てきたの。バーンって。こう、こーんな、これくらい!!」
ブライアンはスプーンを持つ手を動かしながら、アイリの話す怖い話、とやらに耳を傾けていた。
ヌヌレイという人が怖かった〜、と無邪気に話すアイリ。だが、はしゃぎながら前のめりで話すので、あまり怖い話に聞こえない。これでは今日あった面白い話、ではないか。
色々あったのだろう。アイリにとっては、今日はなかなか大変な一日だったようだ。
そんなアイリの隣の椅子には、お人形がちょこんと乗っていた。アイリの話が気になるらしく、たまに首をカクカクと左右にぎこちなく動かす。
「お人形様も、ヌヌレイさんに会いたいですか?」
「やめといた方がいい、人形様がビックリするだろ」
柔らかく答えはしたが、本音を言えば絶対に会わせないで欲しい。会った時を想像し、ブライアンは苦笑いを浮かべた。
「おいしいか?」
「おいしい!!」
今日のディナーは、リフ豚のモモ肉の煮こごり、マッシュポテト添え。
リフ豚は肉が赤黒い色をしており、あまり見栄えは良くないのだが非常に柔らかい。舌の上でよく溶けていく。
ブライアンシェフの自信作──だったのだが、シェフ本人としてはやや味が濃くなってしまった。
「おいしい〜、つるつる!」
そんな煮こごりだが、アイリは忙しくスプーンを動かし、あっという間にたいらげてしまった。
「ほら、こっちも食べてみな」
「イモがふわふわ〜」
──カタカタ!!
「あ」
食べ終わった皿を片付けていると、人形が揺れて音を鳴らす。退屈なのだろうか、存在を主張していた。
珍しい、こんなに早く急かすなんて。皿を片付けている間くらい、我慢してくれないか。
そんなブライアンの愚痴を他所に、アイリはそっと人形を抱える。
「ごめんなさい、お人形様!……そうだ、バルコニーに出てみますか?」
晴れていたから、きっと星が綺麗ですよ。
アイリは上機嫌で、バルコニーに出る扉を開ける。軽くスキップを踏みながら。
少し冷たい緩やかな風が吹き、心地よく肌を叩く。空を見上げると、想像以上の満点の星空。
街は今日も、行儀良く並んだ灯りに照らされて美しい。アイリは人形を抱えたまま、ぼーっと夜景を眺めていた。
色々な事があり、少し疲れてしまったかもしれない。
「あっちの灯りが気になるんです。ほら、あのポワッとした。少し光の色が違うでしょう?……あの建物はなんなのかなぁ」
ポツポツと人形に話しかけてみる。人形は答えることは無いが、大人しく聞いているようだ。
「お星さまは不思議ですね、全部同じ色じゃないんだ」
赤に、青に、黄色。オレンジもある。同じ空にあるのに、何故こんなに違って見えるのだろう。
ガラガラ!
その時、隣の家のベランダの扉が音を立てて開いた。隣人が、隣のバルコニーに出てくるようだ。
アイリが住むこの部屋は角部屋だから、隣の家は一つだけ。
──隣の家の人、そういえば会った事がなかった。ちゃんとご挨拶しなきゃ。
アイリは緊張しつつ、人形を抱え直す。
隣人は薄手のガウンを羽織っていた。スラッとした背に、暗がりに溶け込んでしまいそうな紺色の髪。
「──え?」
見覚えのある髪の色、冷たい雰囲気。
バルコニーに出て来た、その人物。アイリは唖然となり、大きく目を見開いた。
アイリの声に気付いた隣人も、こちらを振り向くと、驚きのあまりその場で立ち尽くす。
「……!!」
「ルノさん!?」
隣のバルコニーでこちらを見ているのは、ルノだった。
アイリとルノは、手すり越しに目を見合わせる。ルノの左右で違う瞳の色が、暗い夜に映えた。
「隣の家……?」
「……」
ルノは心底驚いた様子で、微動だにせずまばたきもしない。それはアイリも同じだった。
どこからか、鳥の鳴き声が聞こえてきた。風が少し強くなったようで、ひゅうひゅうと音を立てる。
その音がはっきりと聞こえる程に、二人には沈黙が流れていた。
「えーーーー!!!!」
ようやく沈黙を破ったのは、アイリだった。
その大声はバルコニーを飛び越え、リビングにいるブライアンにも届く。
叫び声の理由を察したブライアンは、笑いを堪えきれず。ハハハ、とこちらも大きな声を上げて笑い飛ばしたのだった。
age 4 is over.
次回予告!!
「あんた、団の人?」
「ちょっとお使い頼んでいいかな」
「ゴーレム……?」
「わたし達、ザガの国から来たよ」
「俺が遅れとるわけにはいかねーんだよ」
次回、age 5!
暴風注意報!
「あんた……まさか……」
お楽しみに!




