第54話 始末
【バーナ地方 ヤラカサ村付近の崖】
その卵は、奇妙な存在感を放っていた。
他の卵は一般的な白い色をしているが、その卵は黄色と紫のグラデーション。派手な色をしている。
あの見えざる者の、ぶよぶよした皮膚を彩る鮮やかな色と同じ。
卵は見た目の割にしっかりした重みがあり、皮も分厚いようだ。叩いてみると、表面はゴツゴツとして痛い。
「何やコレ…?」
すると、先程まで見えざる者と交戦していた筈のルノが、怪訝そうな表情を浮かべてこちらにやって来た。
「お、ルノ!」
「おわっ」
少年は、いきなり近づいて来たルノに緊張の面持ちを浮かべる。ルノはそんな少年に、チラッと目を向けた。
「あっちはええんか?」
「──もう充分だって」
「さよか」
「それは?」
ルノの視線が、少年が抱えている卵に向けられた。
卵は中が多少透けて見えており、中に黒い何かの影が見える。生まれる前の子供。
その影が時折僅かながら、もぞもぞと動いているのだ。もしかすると、もうすぐ生まれる状態なのかもしれない。
少しずつ、大きくなってもいるようだ。動く度に、少年の顔が固まる。
「なぁ、これもあそこの巣から獲ってきたんやろ?」
「違うよ」
「え?」
少年曰く、あの崖に登る前に来た途中の道で、草の陰に落ちているのをたまたま見つけたらしい。
近くに巣も無く、どこかの親が産み落としてそのまま行ってしまったのだろうと。
「見たことがない卵だったから、帰ったらどんな卵か調べようと思って、ずっと持ってたんだ」
「せやったら、これオオヤナサガチョウの卵ちゃうんか?」
「うん、違うと思うよ」
少年ははっきりとそう告げ、否定する。
オオヤナサガチョウの卵ではない。ならば、一体何の卵なのか。
その時、エリーナとカリンに追われていた見えざる者が、急激にグイッと方向を変えた。
「ギョビイィイイイ!!」
「な、なんや?」
見えざる者は何かに気付いたのか、興奮してジェイ達に向かって真っ直ぐ向かってくる。
「ちょ、そっちはダメ~!」
エリーナとカリンが応戦し止めようとするが、止まらない。先程とは比べ物にならない程、興奮している。目がぐにゃっと醜く歪む。
──これは、怒り。そして、動揺。
「退がらな!」
ジェイは、慌てて少年の手を引いて後ろに退がった。
今までに見た事が無い卵。目の前にいる、その体躯に似た不気味な色。
ひたすら崖に執着し、かと思えば今度はこちらに真っ直ぐ向かってくるその姿。
まるで、何かに導かれるような。
「まさか!!」
ジェイとルノは同時にある事に思い当たり、ハッと顔色を変えた。
「まさか、この卵、そうなの!?」
少年もやりとりで察したのだろう、驚きで口をパクパクさせている。
「……産む奴もおるねん。もしそうやったら、簡単には始末出来へんで」
例の力には守られておらず、エイドリアンでなくても目に見える。しかしその代わり、頑丈で簡単には割れない。
動いたのは、ルノが一足早かった。
少年から素早く卵を受け取る──いや、掴み取ると、見えざる者の元に向かい一目散に走り出す。
「カリン!!」
普段あまり聞かなような大きな声で叫ぶと、カリンも気付いた。その叫びに、驚いた表情でルノの方を向く。
──ヒュン!
そしてルノは渾身の力で、カリンに向かって卵を投げた。
「キャッ!」
カリンは落としそうになりながらも、ワタワタとなんとか卵をキャッチする。
「……」
ルノはカリンを見据えながら、スッと見えざる者を指差す。次に、カリンが抱える卵を。
「……!」
カリンは何かを察したらしく、指で丸を作って返す。
──了解、ウフッ。
「いっくよぉ~!」
足に力を込める。カリンは大きく助走をつけると、卵を全力で構えた。
「それぇええ!! いいけえぇえ!!!」
砲丸投げの要領で、凄まじい勢いで見えざる者に向かってぶん投げた。そう、卵を。
このくらいの距離は、カリンには問題無い。
弾丸の速さで向かってくる、自らの子供。
「ギョビィ!??」
同じタイミングで、エリーナの細い体がヒラリと宙に舞う。
「一気に行きましょう、いい子にして。……神技!! 回脚!!」
慌てる暇もなく。エリーナが稲妻のように急降下し、見えざる者の背中に容赦なく足を突き立てる。
その足は、背中に強く突き刺さった。
「ギョビイィイイイイイ!!」
──ドガガアアアアアン!!!!
エリーナが素早く離れるのと同時に、見えざる者は盛大に爆発した。哀れにも、卵を巻き込んで。
辺りを、凄まじい爆風が駆け抜けていく。地震が起きたような、凄まじい物音と共に。
「うわっ!!」
「キャッ!!」
後には何もない。こうして、見えざる者は消滅した。
ようやく爆風が鎮まり、一同は身を起こす。
「終わったかしら?」
「せやな」
「んもぅ! ルノちゃんったら、カリンびっくりしたんだからぁ!!」
いきなり卵を投げつけてきたルノに、カリンがぷんすかと抗議する。アイコンタクトで全て読み取った自分を、少しは褒めて欲しい。
ルノは、ぷいっと顔を逸らす。
「ひっどーい!」
安堵する雰囲気が彼等を包むと、少年がそろそろと四人に近付く。
「──あの、ありがとう」
少年の言葉に、一同はフフッと笑みを見せた。
「これに懲りたら、巣にちょっかい出すんはやめとくことやな。痛い目見るで、気ぃつけや〜」




