第53話 熱
【パレス 地下】
「──おっそいわねぇ、やっぱり」
目の前で仁王立ちし、ため息混じりにそう告げるリンゴ。アイリとレオナルドとナエカは地面に手をつき、ぜぇぜぇと荒い息を吐き出した。
特にアイリは、完全にへたり込んでしまっていた。術は体力も血も使う、一度でこんなにも使うことなんてない。
「お、遅いんすか?」
リンゴは明らかに不満そうに眉をひそめ、顔をしかめている。後ろに控える少女に向かって、問いかけた。
「時間は計ったのぉ? ベル」
「え〜、右が3.45、真ん中が2.12、左は──なんと9.23秒」
「いる場所で呼ぶのかよぉ!!」
「左って、私かなぁ」
戸惑うアイリに、ベルと呼ばれた少女は他に誰がいるんだ、と言わんばかりに鼻で笑う。
珍しい金髪に、キツイ印象のパキッとした吊り目。ドナやヒラリスと同じメイド服だが、腕に何やら鎖をジャラジャラ付けている。
彼女もまたサポート員だ。やはり事務員の証なのか、ショートボブで髪を切り揃えている。
しかし二人とは違い、ベルだけはたまにリンゴの補佐もしているという。
奇妙な話で、彼女は時間を計っている様子がない。手元にある本をペラペラとめくるだけで、時間をはっきりと告げた。
「ベ、ベルさんが言った時間って、技ぶつけるまでの時間っすか?」
「呪文を唱えてから、ちゃんと術が発動されるまでの時間ってところかしらん」
当然だが、その時間は短ければ短いほどいい。
「そのグローブは、短いのがウリみたいなもんよねぇ。3秒もかかってるようじゃ、ちょっとぉ」
「ぐぇ」
3秒もかかってるのを、ジャンプしてからの耐空力で補ってる部分はあるのだが。
彼の運動神経は、やはりずば抜けている。
「クレエールの術はもともと発動時間が長いけどねぇ、もっと縮めれるんじゃなーい?」
「ほぇ」
アイリに厳しくそう告げたリンゴは、今度はナエカに目を向ける。
彼女の能力は前例が無いらしく、正直リンゴは困っていた。
「そっちの能力は意味分かんなぃけど……もう少し縮めたいわねぇ。反射的に反応しないと、あまり意味が無いようだし」
縮めないと、おまじないのタイミングがますます難しくなる。
「それにマジェラにしては、発動してる範囲がせっまいわよオン」
マジェラの能力は、例えば結界のように一定の範囲に対して効果を発揮するものだ。だが、ナエカは周囲二人分程度の範囲しか、能力を使えないようだった。
そう指摘され、ナエカは肩を落とす。
「はぁ……」
そんなナエカに、ベルは抱える本のページをパラパラめくった。
「あ、そんな気にしなくていいんじゃない? オーガストとか、ラナマンのくせに入った時、5.56秒とかかかってるらしいから」
「オーガさんが!?……マジっすか!?」
レオナルドとナエカはギョッとして、目を見開く。
「オーガストって誰?」
「……前の団長さん」
「えーー!!」
先代の団長、オーガスト。名前を思い出し、リンゴは眉間に皺を寄せる。
「──その名前を言うのはヤメテ、まったく。あのちゃらんぽらんには、散々苦労させられたのよオン」
そのような人が、団長にまで昇りつめた。その事実に、三人は少し安堵する。
初めから出来る事より、これからを見なくては。
「そうだよな、こっからこっから!!」
「まぁ、ちゃらんぽらんはヤシャ流武術の三十五代目継承者で、能力が無くてもなかなか強かったんだけどねエン」
「ヒイィィイ!!」
バッサリ切り捨てられ、ナエカが顔を真っ青にして悲鳴を上げる。
「ナエカーー!!」
リンゴはそんなナエカを気にする風も無く、パンパン、と手を叩く。
「と、に、か、く!! 血の力を操るのに必要なのは……」
「……」
三人は、リンゴの言葉を息を呑んで待つ。
そんなリアクションに、リンゴは口角をニタリと上げた。
「──熱情よん」
沈黙。
三人、更にベルも加わり目をチカチカさせ固まった。
「ね、熱情?」
「ネツジョウ?」
「そうよん。あ、つ、さ」
ゆっくりそう告げると、撫でるような艶やかな仕草で、スッと手を差し出す。
その開いた指の間から、素早く二十面体のダイスが現れた。
魔法のように、三つも。
一瞬のことで、三人はハッと驚く。一体、どこにあったのか。
「胸の中の、あっついもの。そのあつさを持って力を行使するのよん」
使い古されたように年季を感じさせるダイスは、磨かれ光を放つ。
「あつさに、力も応えてくれるわん」
ダイスのその一面一面に描かれた模様が、徐々にその色を、そして模様を変えていく。
まるで、生きて動いているかのように。リンゴに仕えている従者のように。
リンゴは、そんなダイスを可愛がるかのように、コロコロと指で遊ばせる。滑らかに、美しく。
「胸にあっついものが無くちゃダメねん。そうでなきゃ、血の価値なんて、まるで塵のようなものなのよオン」
何でもない事のようにそう告げるリンゴに、三人は言葉を無くしたのだった。




