第52話 侵入者
『さん!!』
ズガガガガアアン!!!
ジェイが叫んだその瞬間、凄まじい爆音を響かせ少年のいた巣に入って来た姿があった。
「──よっしゃ」
その光景を上から見ていたジェイは、ニヤリと笑う。
「ガォアアア!!」
「ガォアアア!!」
親鳥のすぐ近くから現れたのは、別のオオヤナサガチョウだった。この巣にいる親鳥よりも小柄で、いくらか若く見える。
勢い余ってか、新しく穴を空けてしまった。
双方威嚇しあい、羽を広げて激しく睨み合う。
「な、なに!?」
オオヤナサガチョウの大人が二羽も。少年はこの状況が分からず、混乱する。
見えざる者に混乱していたのは、少年だけではなかったのだ。
「ガォアアア!!」
このオオヤナサガチョウはまだ若いオスだろうか、この群れに入れてもらおうと崖に近付いた。
その時、突然の見えざる者が音を立てて崖に押し寄せてきた。
他の大人の親鳥達が、見えざる者の方に向かうのならと、ちゃっかりこっちの巣に紛れ込んだようだ。あわよくば、群れに入れてもらおうと。
──しかし、そんな事この親鳥が許すわけもなく。
不幸にもこの少年は、もうすぐ修羅場が起こる予定の巣に辿り着いてしまったらしい。
いや、むしろ幸いと言うべきか。
両者激しい睨み合いが続く。突然の大きな侵入者に、親鳥の眼には最早少年は映っていない。
「ガォアアア!!!」
そのまま、両者は羽をぶつけての取っ組み合いになってしまった。親鳥は侵入してきた鳥を威嚇し、凄まじい剣幕で飛びかかっていく。
若い鳥も負けるものかとクチバシをガチンと鳴らし、応戦する。
少年は、ポカーンとその状況を見つめていた。
『──何しとんねん、はよ!!』
少年は少しの間固まっていたが、聞こえてきたジェイの言葉にハッとなった。
親鳥が取っ組み合いで背を向けた瞬間に、少年はジェイのいる穴の方へ走り出す。
「こっちや!」
ジェイは身を乗り出して手を伸ばすと、少年の手をがっしりと掴み、一気に自身がいる上の巣に引っ張り上げた。
無事に、少年は別の巣に着くことが出来たのだ。
目の前にいるジェイジーに、少年はあんぐりと口を開ける。間違いなく本物だ。
「はぁ……よかったわ。もう一踏ん張り、出来るやんな?」
「でも、道が。それに、またあの鳥が出てきたりしないの?」
そう少年に言われ、ジェイはニヤリと不敵に笑う。
「何言うとんねん、俺と一緒におってその心配は無用やで?──ほな、行こか!」
またも、狭い道を進む。今度はジェイの先導だ。ジェイは迷うことなく、迷路のような巣の中を進んで行く。
ジェイジーには、この巣の地図でも頭に入っているのか。少年には不思議でならない。
少年も卵を腰に巻かれたポーチに入れると、前を行くジェイの後を必死に着いてきた。
するすると器用に、狭い道を進んでいく。
「……へぇ、やるやんけ」
盗もうとする度胸があるだけのことはある、とジェイは感心する。
あっさりと、二人は崖の下に辿り着いた。
「よっしゃ! もう大丈夫や、これで一安心やで」
「うん!!」
少年は朗らかな笑顔をジェイに向け、ジェイも一安心する。
こっちの仕事は終わった。
「──さて」
ジェイは見えざる者と交戦している、崖の上の彼等の方を見上げる。
崖の上では、まだ激しい争いが続いていた。
『こっち、終わったで。もうええよ』
「分かったわ」
エリーナはホッと一息つくと、カリンとルノに目配せする。
それで二人も察したらしい。
「よ〜〜し」
カリンは何か言う前に一気に走り出すと、見えざる者の巨体へ向かって大きくジャンプした。
「カリン、いっきま~す!!」
そしてその尻尾を掴むと、一気に身体ごと振り上げる。あの巨体を、軽々と片手で。
「えぇい!!!」
「──あ、バカ!!」
「ギョビイィイイイ!!」
あの大きな身体が、カリンの腕力でフワッと宙を舞う。たまらず、見えざる者も絶叫を上げた。
ジェイは、少年の側でその様子を見てハッとなる。
「あかん!!」
こっちに向かってくるではないか。
カリンがぶん投げた方向は、まさにジェイと少年がいる崖側だった。
ジェイは、とっさに飛び出し少年を庇う。
「カリン、こらぁ!!」
エリーナが助走をつけ、弧を描き舞う。
見えざる者が崖にぶつかる位置に、先回りして美しく着地する。もう一度、軽やかにジャンプした。
凄まじい勢いで投げられた、見えざる者の身体を、上空で待ち構え軽く触れる。
そして。
ズズーーーン!!!
「ギョビイィイイイ!!」
崖にぶつかる前に、見えざる者は凄まじい重力で地面に叩きつけられる。
──ただ、その身体に触れただけで。
衝撃で、崖がビリビリと震えた。
「カリン!! あなたバカァ!!」
「方向」
「ごめんなさあああい」
エリーナとルノに責められ、カリンはひぃいと半泣きで声を上げた。
衝撃が収まり、ジェイは一息つくと少年に近付く。
「すまんかったな、大丈夫か?」
怪我は無さそうだ。少年は自分よりも別の心配があるようで、何やらゴソゴソポーチを漁り出す。
取り出したのは、とある卵。
「良かった、割れてないや」
「ん?」
卵が割れていない事を確認して、一人ホッとする。大事そうに抱える卵を眺め、ジェイは首を傾げた。
一つだけ、明らかに他の卵と色が違う卵があったのだ。
「何や、この卵」




