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第51話 四面楚歌

──やだよう! 何でこんな目にあうの?



崖のオオヤナサガチョウの、とある巣の一つ。



「ひぃ……ひぃ……」



また小さなその少年は、卵を抱えたまま恐怖でその場にへたり込んだ。


目はこれでもかとばかりに開き、顔が真っ青になっている。呼吸がおかしくなり、震えが止まらない。


目の前には、こちらをはっきりと見据えているオオヤナサガチョウの姿があった。



「ガオァアアア!! ガオアアアアアァーー!!」



「ひぇえ!!」



間違いなく、この卵の親鳥。


少年に対し、強く威嚇をしている。羽が大きく開かれ、特徴的な縞模様が見えた。卵を盗むつもりだとバレて、怒っているのだ。


──ここから逃げなきゃ、足を動かさなきゃ。


だがこの群れの巣から出る為には、一番下にある巣に辿り着き、そこからロッククライミングで降りるしかない。


巣より上はかなり険しくなっており、ロッククライミングで登るのは、少年では無理があった。


少年もそれを分かって、巣をつなぐ通り道をもぐり、下の巣に行く道を必死に探していた。


ところが不運なことに、辿り着いた巣で親鳥と遭遇してしまったのだ。



「ガアアアアア!!」



他の鳥達は見えざる者と戦っていたのに、よりにもよって巣に残っている親鳥がいたなんて。


来た道をきちんと覚えていれば、と少年は後悔した。


少年は、他の巣から盗った卵を抱えていた。卵を盗られまいと、親鳥はひたすら威嚇し、こちらを攻撃する体勢に入っている。


この巣に着いた時に親鳥に驚き、思わず駆け出してしまったのが運の尽きだ。


親鳥は卵を背にしつつ、少年の方へジリジリと迫って来る。



「ひ、ひぃ!!……こっち来ないで!!」



距離を取ろうとするが、身体がすくんでしまって言うことを聞かない。 足は地面に縫い止められたかのように固まり、使い物にならなかった。


少年が何かアクションを起こす度に、鳥はバッサバサと羽根を動かし威嚇する。



「ギョビイィイイイ!!」



少年の背後の遥か向こう、見えざる者の声が聞こえてきた。少年は恐る恐る振り返るが、そこには何も見えない、声だけだ。


だが、確かに存在する。



「ガォアアア!!!」



前にはオオヤナサガチョウ、後ろには見えざる者。四面楚歌とは、まさにこのこと。


逃げ場なんて無い。これでもう、ただただ恐怖に怯えるしかなくなった。



『お~い、聞こえとるか~?』



絶望感が彼を包んだその時、誰かのカラッとした明るい声が聴こえてきた。



「え?」



少年は何が起きているのか分からず、あたふたする。



「な、なに……??」



『お〜い』



その声は耳に聞こえてきたわけではない。頭に直接、響くように声が聞こえてきたのだ。


気のせいではない。落ち着こうと、思わず頭を振り回す。



『今な、鳥の真上の穴におるんや。俺が誰か分かるか?』



「え……?」



混乱しながらも、必死に頭を動かす。


そうだ、確かにこの声を聴いた事がある。テレビにも映っていた、前に街でも見かけた。


あれは、剣の団の──。



「ジェイジー!?」



『せやで! あ〜よかったわ、分かってくれて』



何故、ジェイジーがここにいるのかと混乱する少年。だが、後ろの見えざる者の事を思い出し、あっと声をあげた。


──そうか、見えざる者が来たんだから、団が来るに決まってる。


それにしても、この響く声は一体なんだ。



「ボクを助けにきてくれたの?」



『まぁな。ホンマはこの能力、あんま使いたないねんけどな』



「そ、そうなの?」



『今から助けたるからな。そのかわり、この能力のことはナイショやで、誰にも言うなや?』



「うん、分かった」



小さく頷く少年。


会話をしてみると、少年はまだ震えているが、いくらか落ち着きを取り戻したようだ。


親鳥はどこか訝しげな様子で、少しだけ後退りする。少年の様子が変わった事に、気が付いたのか。



『ええか。さっきも言うた通り、俺はな、鳥の丁度真上におる。せやから、降りられへんのや』



「上?」



少年はその時になって、親鳥の真上に穴が空いている事に気が付いた。


あそこにジェイジーが……。



『俺が合図したら、一目散にこの穴の下に来るんや。俺が引き上げたるから』



「え??」



何を言っているのか、少年には意味が分からなかった。まさかこの状況で、鳥のいるあそこに突っ込めって言うのか。



「ムリだよ!」



『大丈夫や、この下から鳥はおらんようになるから』



「ど、どういうこと!?」



これから、一体何が起こるというのか。呼びかけるジェイジーの声は随分と涼やかで、余裕すら感じる。


確信があるのだ。



『……そんな心配すんなや。手伸ばして待っといたる、ええな?』



「う、うん」



ジェイジーは剣の団の副団長、何か考えがあるのかもしれない。


少年は戸惑いながらも、ジェイの言葉を信じて頷く。



『ほな、いくで?──いち』



に。




『さん!!』



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