第44話 仮
【パレス 大広間】
幸い、アイリは迷わずパレスに着いた。流石にあの奇天烈な建物は、遠目からも確認しやすい。
大広間にいたのはナエカ、レオナルド、ジェイの三人だけだった。
ルノ、カリン、エリーナの三人の姿が無い。広い大広間が、どこかがらんとしていた。
「あれ?」
ルノを探していたアイリは、拍子抜けしてしまう。
「ルノさん、いないんだ」
どうしよう、切符──じゃない、ユウセン券のお礼を言おうと思ったのに。
ナエカとレオナルドは暇なのか、二人でカードゲームに熱中していて、アイリに気づかない。
アイリは、近くの椅子で新聞を読んでいたジェイに、そろそろと後ろから近付く。
ジェイもアイリに気が付き、新聞から目を離し顔を上げた。
「おはようさん」
「あの」
「どないした?」
「他のみんなは?」
「あぁ、それやねんけどな」
エリーナは、オーナーと打ち合わせ中らしい。ルノとカリンは、先程舞い込んだ緊急の任務に出ている、とのことだった。
「人手カツカツやからな」
「ニンム……。私達は出なくていいんですか?」
「君らはまだ仮、や。それにまだ訓練もしとらんし、51期生全員揃ってからやって言うたやろ」
クンレン?──何だろう、それは。少し嫌な予感はする。
そうは言うものの、人手が足りないと言われては気になるところ。少し後ろめたい気持ちになるアイリだ。
そんなアイリを他所に、ジェイは視線をアイリの手元に向けて首を傾げる。
「それより、それどないしたん。手に持っとるやつ」
アイリはギョッとして固まった。ルノにお礼を言う為に、密かに手に握り締めていたのだ。何故、バレてしまったんだろう。
アイリはそろそろと手を開き、ジェイに差しだす。
アイリが握り締めていたのは、ルノから貰った映画の半券だった。
その券を見た途端、ジェイの顔色がサッと変わる。
「これどないしたん、もろたんか?」
思いの外真剣な声に、アイリは少しビックリしてしまう。
「……ルノさんが」
「ルノが??」
今度は一転、素っ頓狂な反応で返ってきた。ジェイはギョッとした表情で、目を見開いている。
ルノがくれたのか、と問われアイリは頷く。
ジェイは一瞬ポカンとしていたが、突然口元を押さえて笑い出した。突然笑い出したジェイに、アイリはギョッとする。
──なんやそれ、めっちゃおもろいやんけ!!
「あいつ、行かへん言うてたのになぁ」
しかもこの日、俺と同じ回やん。
笑いを堪えきれないまま、カリンに言うといたろ、と付け足す。ひとしきり笑うと、ジェイはスッと指で券を摘んでみせる。
「おもろかった?」
「はい!!──とても素敵でした。ダンがかっこよくて、すごく面白かったです!!」
目をキラキラさせるアイリに、ジェイは満足そうに頷く。
「そらよかった」
「ルノさんも、観れればよかったのに」
そう呟くように言ったアイリに、ジェイはハハハ、とまたも笑いだす。
「心配せんでええで、アイリちゃん。あいつ多分、二枚持っとるわ」
「え?」
アイリにあげた分とは別に、ルノも持っていて、自分で観に行ったという事か。わざわざ二枚も券を持っているとは。
「ルノさんって、映画好きなんですか?」
ジェイは笑いを抑えきれず、再び口元を抑えることになった。
──こんなおもろい質問、そんな無いで。
「せやな、映画好きになってもうたみたいやな。昔は、そない興味無さそうやってんけどな」
「ほえぇ……」
好きな人は何度も観に行くものなのか、とアイリは納得した。
──そうだよね、素敵だったもん。何回でも観たいよね。
ジェイが先程から妙に笑いを堪えきれていないのが、非常に気になるが。
バタン!!
「ジェイ!!」
その時強く扉が開き、エリーナの鋭い声が大広間に響く。
ジェイの目の色が、一瞬でスッと変わる。
ゲームをしていたナエカとレオナルドは、突然のエリーナの登場に驚いて、カードをひっくり返してしまった。
「あわわわわわ」
「あの二人から呼び出しよ。私も出る、行くわよ」
「……はいよ」
ジェイはアイリに後でな、と声をかけると、エリーナと一緒に出て行ってしまった。
扉が大きく閉められ、アイリとナエカとレオナルドは困って目を見合わせる。
「マジか、みんないなくなっちゃったじゃんよ。オレらだけじゃん」
レオナルドがそう呟くと、ナエカもおずおずと口を開く。
「……そういえば今日、何をするんだろう」
今日何をするのか全く聞かされていない。任務に出ないなら、何をするのだろう。
三人が首を傾げていると、突然別の扉が乱暴に開いた。
──バタン!!!
「おおおおお、遅れてすみませぇえあああああ!!!」
嵐のようだ。
入ってきたのは、ドナと同じような格好をした少女だった。かなり慌てている。
何か紙を大量に抱えていた。両手が塞がっていた為、体で扉を押し開けて入ったらしい。
「ああああ、あのぉ、みなさまの、その、その」
「あ」
唖然とする三人の前で、少女は何かにつまづいたらしく、派手に紙を撒き散らしてしまった。
「きゃーーーーー!!!!」
紙が辺りに散らばり、派手に舞う。細かな花弁のように。
「ごめんなさーーーーい!!!!」




