第42話 物語
【テイクンシティー 中央通り】
【映画館 インペリアル】
──エイガって、こう書くんだ。
テイクンシティー中央大通り沿いにある、国で一番大きな映画館。
そこに、アイリの姿があった。
『国境線からきた男2 太陽は眠らない』
目の前に大きく掲げられた、看板の文字を見つめる。
今日は映画館は特に混んでおり、当日券を求める人で溢れていた。
アイリはルノから貰った券を握りながら、どこにどう行けばいいのか分からず、オロオロと戸惑う。
──そう、ルノから貰った切符。ブライアンの話だと、その切符はここでエイガを観る為の物だという。
エイガとは、大きなスクリーンに物語が映し出される楽しいものらしい。
「アイリは、物語なら読んだことあるだろ? 『リス王国ものがたり』とか」
「うん。『ワルルくんのぼうけん』とか、『モデールの森にある』とか、『きらきらどんどん』とか」
「映画っていうのは、そういう誰かが書いた物語を実際に人が再現して、それを客がスクリーンで観ることが出来るわけさ」
「何それ面白そう!!!」
面白そうだけど、どうやって再現するのだろう。スクリーンって?
まずは行ってみな、というブライアンの言葉に、ここに導かれた。
思い切って勇気を出し、近くにいたベレー帽を被った老婦人に声をかけてみる。
「あの」
「あらら、お嬢さんどうしたの?」
老婦人は笑顔で返してくれて、アイリは安堵する。良かった、怖い人じゃない。
「この券って、どこに行けばいいか分からなくて……」
その券を見た老婦人は、驚いて目を丸くした。
「まぁ、あなたこんな券持ってるの? 凄いわねぇ、いい席じゃない。これは優先券だから、あそこの受け付けに持っていけばいいわ」
「ありがとうございます」
ユウセン?──ユウセン券と言うのか、券は一つではないのか。
疑問を感じながらも、老婦人から教えてもらった受け付けに行く。受け付けの若い男性が、ニコニコと愛想を向けてきた。
「いらっしゃいませ、どうぞ」
「あの、これってここですか?」
券を見せると、受け付けの男性は一瞬目を見開いた。
「あれ?……この席は確か」
あの人が予約していたと思ったんだけど。気のせいか?
券をマジマジと眺め、隅々まで確認する。
男性のおかしな反応に気付き、アイリは首を傾げる。結局、男性はこちらにどうぞ、と案内してくれた。
本当に人が多い、前に進むだけで大変だ。
興奮と期待で一杯の人混みを、アイリはなんとか進んでいく。
「おぉ!!」
「うわぁ、すごい」
アイリが映画館の中に足を踏み入れたその直後、売り場が大きく騒ついたのだが、アイリは気が付かなかった。
その日、ある人物が映画館を訪れたのだ。
「ほら、見ろよ!!」
「えぇ!?」
その人物に気がついた客は、ザッと一斉に道を譲る。彼は申し訳なさそうに、先に進むよう周りに呼びかけた。
その回の席は、やはりあっという間に満席となった。
「これがスクリーン?」
ルノがアイリに譲ってくれたチケットの席は、随分と良い席だった。
真ん中で目の前が通路になっており、スクリーンが見えやすい。その席に恐る恐る腰掛けた。
映画が始まる直前に、アイリが座っている席の遥か後ろ、最後列に近い場所に腰掛けた人物がいた。
先程の騒ぎの主。
「あっ!」
隣の席に座っていた女性は、その人物に気付き思わず声をあげてしまう。その声に気付いた周りの人々も、驚きで一瞬どよめいた。
するとその人物はニヤリと笑うと、無言で口元に人差し指を当てた。
仕草の意味は伝わったのだろう、周りは一斉に口をつぐむ。いくらか、周りのどよめきは収まった。
それでも、好奇心と注目が彼に注がれたまま。異様な雰囲気がその場を包む。
そしてパッと明かりが消され、幕が開く。
目の前のスクリーンに、壮大な物語が映し出される。
『だ、誰だお前は!?』
『誰でもない、ただのはぐれ者だよ』
『何の用だ!』
『あんたに用なんて無いさ。──あるのは、あんたの後ろにいる奴だ』
息を飲むようなアクションの応酬、派手な展開。何より、主演の水色の髪の爽やかな俳優が印象的だ。
アイリは、あっと何かに気付いて目を見開く。
この人、パレスに貼ってあるポスターの人だ。大広間の。
一階のポスターで銃を構えて映っていた、あの彼。しかし、その事はすぐに頭から消えた。
──この人、かっこいい。
アイリは頬をポーッと赤く染めながら、スクリーンに釘付けになっていた。
『彼がどこに行きどこに向かうのか、それは彼のみぞ知る。彼の冒険は、また新たな一歩を踏み出したのだ』
映画は無事にそのままエンディングを迎え、スタンディングオベーションとなった。周りの客が一斉に立ち上がり、拍手が鳴り響く。
拍手の音がようやくやんでも、アイリは座ったままずっとスクリーンを見つめていた。
余韻が冷めやらぬ中、ジェイは一足先に映画館を後にしたのだった。




