第39話 感嘆
【現在 パレス】
「──そうですか、それで覚醒して……」
アイリの着替えを待つ間、エリーナ、マルガレータ、そしてルノの三人はブライアンの話に聞き入っていた。
これが、アイリの過去。里にいた時の小さいアイリ。
エリーナは感嘆して息を吐く。
「8年前なら、10歳か。流石に早かったのね、アイリは」
「いやいや、遅いんだよ、アイリにしてはね」
それを聞き、エリーナはなるほど、と納得する。
アイリは、太陽の始祖の直径の末裔だ。それも、最強と謳われるクレエールの末裔。
長子ではないとはいえ、血の濃さを考えると、もっと早く覚醒してもおかしくないだろう。
エリーナ自身は、覚醒がかなり遅かった──と記憶している。もっとも、覚醒する前から能力の片鱗は大いにあったが。
「じゃあ、お兄さんは早かったのかしら?」
「俺?……アイリよりずっと早かったり、とか?」
「まぁ、うふふ」
話が盛り上がる二人に、後ろにいたルノは真顔でジッと話に聴き入っていた。
「……」
「おやぁ?」
先程から黙ったままのルノに、ブライアンは首を傾げる。
「団長さん、彼はパレスでもああなのか?」
「ああ……そうですわね。ルノは、いつもこんな感じですわ」
「へぇ、物静かなんだな」
ブライアンは、無口なルノに興味津々のようだ。
エリーナは流れで彼はいつもこんな感じ、と言ってしまったが、ルノの表情がいつもより微妙に固い事に気付く。
喋らないのはいつもの事なのだが、何やら俯いて考えこんでいるようだ。自分のことを話しているのに、反応すらしない。
ルノったら、どうしたのかしら。
ルノの様子を気にしたエリーナは、話しかけようとソファーから立ち上がる。
「ルノ、あなた──」
「お兄ちゃん!!」
その時、アイリの明るい声が聞こえてきた。その場にいた皆が振り返る。
大きな紙袋を抱えたアイリ、そばにはナエカも一緒だ。
アイリは興奮気味に、ダッシュで兄に駆け寄った。
「お」
「あら!」
アイリを姿に、驚きと感嘆の混じった声が上がる。
アイリは、ブライアンが買ってきた服に着替えていた。
小さな花が沢山刺繍されたカーディガンに、ふわりとしたレースが可愛らしい黄色のスカート。
先程の話の田舎の少女とは思えない、今時の少女の姿。すっかり、都会の街の子だ。
バンダナで決めた、ブライアンのようなアンバランスさもない。まるで通りを歩く、通りすがりのお洒落な少女の一人。
──隣にいるナエカが、何故か疲れ切った表情をしているが。
「お兄ちゃん、どう!?」
「なかなか似合ってるね。これで街でも目立たないぞ、立派なお嬢さんだな」
「そうですわね。よく似合ってるわよ、アイリ」
兄にも団長にも似合ってる、と褒められてアイリはすっかり上機嫌だ。
えへへ、と顔をとろけさせて、服を見せつけるようにクルクル回りだす。
ルノは、そんなアイリをジッと見つめた。
「大変だった……」
大はしゃぎするアイリの横で、ナエカは小さく愚痴をこぼす。
まさか、ボタンの留め方すら分からないなんて。リボンの装飾を見てポカン、としていたし。
今までどんな服を着ていたのか、見せて欲しい。
このお兄さんは何故よりにもよって、こんな服にしたんだ。もっと着やすい服ぐらい、店にはあっただろうに。
「そのレース、素敵ね」
「レース?……あ、えへへ、コレですかぁ? ヒラヒラがかわいくてかわいくて!」
「羨ましい……」
服を着替えただけで、エリーナさんに褒められるだなんて。
色々言いたい事はあるが、ナエカは言いたい百の言語を飲み込んだ。
何にせよ、これで帰る準備は出来た。
「さて、帰ろうか」
「うん!!」
「気をつけてね、アイリ」
アイリは笑顔で兄に答え、二人で手を振りパレスを後にする。
「今度は、道に迷わないようにしないとな」
「覚えられるかなぁ」
そんな会話をしていると、ふとアイリは思い出した。
そういえば、あの切符が何なのか、ルノに聞くのを忘れていたのだ。




