第38話 覚醒
「ほえ、ほえええ」
アイリは、ただただ戸惑いを隠せないでいた。
アイリの周りを、透き通った幽霊達が楽しそうに飛び回っている。
耳には歳も性別もバラバラな、何人ものくぐもったもやがかかったような声。刺すようにひきりっなしに耳に届く。
身体はまだ、火照っているようにじんわり熱い。
「ほええ」
その光景に唖然としていた里の者達だったが、全てアイリの力によるものだと悟ると、一斉に顔を綻ばせた。
「──アイリ様が覚醒なさったぞ!!」
「おお!!」
「なんとめでたい!!」
「やったぞ!!」
「アイリ様万歳!!」
ここでアイリとコレンはようやく、里の者達が来てくれた事に気付く。幽霊達に気を取られ、気付かなかった。
逃げればよかったのに。皆、二人を心配して駆けつけたのだ。
嬉しそうな里の者達に、コレンも弱々しいながらもアイリに笑顔を向ける。アイリは戸惑いながらも、ようやく明るい表情になった。
「あはは」
「アイリ様!!」
「アイリ様万歳!!」
喜ぶ彼等の後ろから、長老がお付きの者と共に現れた。長老もアイリを心配して探しに来たらしい。
「長老さま」
「──覚醒したのですね、アイリ」
長老の言葉に、アイリはコレンと二人で首を傾げた。
「ドロシ?」
「長老さま、ドロシとは何ですか?」
「血の力を目覚めさせたのですよ」
太陽の始祖から受け継いだ、その力。エイドリアンは生まれながらにその力を持ってはいるものの、生まれながらに力の出し方を知る者はいない。
自分で引き出す必要があるのだ。アイリはクレエールの後継でありながら、まだその力を出せないでいた。
──いや、出す必要が無かった。しかし。
「コレンの為に…… 覚醒出来たのですね」
素晴らしいですよ、と続ける長老にアイリとコレンは目を見合わせ、互いに笑みを浮かべる。
「そ、それにしても」
サーフェが、恐る恐る見えざる者の残骸に視線を向けた。
──最早、残骸ですらない。見えざる者がいた筈のそこには、いかなる存在も無い。
「覚醒したばかりで、あのような力を発揮されるとは」
相性など関係無い、それを打ち消す程の巨大な力。
「いや、見事な!!」
「流石は、ジョナス様の末裔でいらっしゃる」
「万歳!!」
里の者達は大喜びして宴でも開きそうな雰囲気だが、アイリは今だに顔に困惑を貼り付けていた。
「耳が……ザワザワする……」
アイリの元に届く、知らない者達の声が収まらない。
アイリは思い切って、じっと耳をすましてみる。そして、アイリは気付いてしまった。
「もっと遠くからも声がする!」
今近くにいる、彼等だけではない。ずっと離れた奥からも、死者の存在を感知出来るようになったのだ。
──とは言うものの、こうも耳がうるさくては、落ち着かないではないか。
「その内慣れる」
そんな言葉と共に、ブライアンが姿を現した。どこにいたのだろう、能力を見せたアイリにどこか複雑そうな表情だ。
「お兄ちゃん」
「力を制御出来れば範囲を調整出来るし、好きな時に声を拾える」
「セーギョ、ハンイ、チョウセイ……?」
首を傾げるアイリに、里の者達は愉快そうに笑い声を上げた。ブライアンも苦笑する。
「出来る。俺は簡単だったよ、アイリにもすぐ出来るさ」
「……ホントに?」
まだちょっぴり不安そうなアイリに、ブライアンは柔らかく微笑んで頷く。
そんな兄にアイリもホッとしたようだ。もう一度笑顔を見せた。
「よおぉし、今日は宴じゃあ!!」
「おお!!」
盛り上がる一同とは対照的に、長老は一人深刻そうに目を鋭くした。
「──かの者たちは、何故里を襲ってきたのでしょう」
わざわざ、こんなにさびれた山奥までやって来た。それも、逃すまいと出口にまで張り込んで。
更に襲われたのはアイリではなく、コレンの方だ。
「どういうつもりだったのか……」
呟く長老の声は、皆の喜びの声にかき消されてしまう。
唯一その言葉が届いていたブライアンは、大きなため息をついたのだった。




