第37話 煙
体がどんどん暖かくなっていく。
どこから出て来たのか、煙が形を持ってアイリを守るように取り巻く。
体の中から暖かいものが込み上げ、ぽかぽかした心地よさがアイリを包み込んでいく。頬が火照り、まぶたが重たい。
「……」
アイリは、自分に何が起こっているのか分からなかった。
しかし、大きな疑問は感じない。恐怖も感じない。
ただただ、ぬくもりに身を任せている。心地よさが増していき、目がとろんとしてきた。
コレンを、何とか助け出さなければいけないのだ。だがそんな考えとは裏腹に、意識がぼんやり遠くなっていく。
──なんだろう、眠たいな。
見えざる者は、どんどん勢いを増していく煙に困惑しているようだ。煙を避けようと、ジリジリと後退りする。
「サイキ……マロべ……トキ……イナン……」
口が勝手に動いている。しかし、アイリには自覚はなかった。
口が動いているのに、体の感覚はぼんやり鈍くなっていく。何と口にしているのか分かっていない。
アイリ自身は気付いてなかったが、口角がニッと上に上がっていた。そんな笑みを浮かべながら、まぶたはまた更に下がっていく。
「ともびとよ……この声は……クレエールの……声……」
──あれ、誰だろう。
アイリは、自分の後ろに何者かの気配を感じた。それも一人ではない。二人、三人、四人、いやもっと。
足音は聴こえない。しかし、存在は確かにそこにある。
気になってとっさに振り返ろうとしたアイリだったが、思い直してやめた。
アイリには分かる、後ろにいる人達はコワイ人達じゃない。怖がったりしない、仲良くなれる。
目を見開き、爛々と輝かせる。次に言う言葉なら、自分でもう分かっている。
「──冥地蘇生!!」
言葉は力を持つ。昔、長老にも言われた事だ。
どう言う意味なのかは、よく分からなかったけれど。
──その頃、ブライアンは必死に足を急がせていた。
後ろには、クレエールの一族の者もいる。ブライアンのすぐ隣には、サーフェが並走していた。
先を行くブライアンに、彼等はよく分からないまま着いてきてくれている。
「お、お前さんなんだか焦ってないか?」
「当たり前」
サーフェの問いかけに軽く返す。かなりのスピードで走っているのだが、ブライアンは汗ひとつ流さない。
もうすぐ日が暮れてしまう。肌寒い風が吹き、草を揺らした。
カッ!!
「な、何だ!?」
強い光がどこからか光り、一瞬で駆け抜けていった。草木も不審にザワザワと揺れる。
刺すような光、ただの光ではなかったような。
──こっちか。
ブライアンは迷うことなく木の間をすり抜け、池のほとりに飛び出した。視界が開ける。
「あ……」
──遅かった。
池でその光景を目にした途端、ブライアンはすぐに察してしまった。
同じ様にその光景を見た里の者達も、アイリの姿に揃って絶句する。
「アイリ様!!」
「な、なんという」
アイリの目の前に、そこに存在していたのだろう見えざる者。恐らく、里に現れた見えざる者と同個体。
「ノオオオ……オオオオ……」
身体がパズルの集合体のようにバラバラの切れ込みが入り、そのパズルが徐々に中心から離れていく。
ザザザザザ。
身体はボロボロになり、パズルがガラガラと地面に崩れた。細かく、ボロボロになるパズル。
「ノオオ……」
ひゅううう……。
消えていく声。強い風に吹かれ、パズルが舞いながらどこかに飛んでいく。
パズルが消えた後には、コレンが一人倒れていた。
「コレン!!」
アイリはようやく我に返り、コレンの元に駆けつける。
コレンを抱き起こすが、まだ意識は無いようだ。
「コレン、しっかり!! コレン!!」
必死にアイリが呼びかけると、コレンはぼんやりとまぶたを開けた。
「あれ、わたし」
「コレン!!……よかったぁ」
安堵して息を吐くアイリに、近付く影があった。それも、一人二人ではない。
気が付き、アイリはようやく振り返った。
「あ、あれ?」
真後ろに揃っていたのは、青白い顔をした身体の透けた者達の集団だった。ある者は腕が無く、ある者は身体に大きな穴を空けている。
一人、二人、三人、合わせて六人。
どの者も、明らかに覇気がなく生きている人間とは思えない。
「え、ええ!?」
彼等に真顔でジッと見つめられ、動揺するアイリ。コレンは顎が外れそうな程に口をポカーンと開け、驚愕の色を浮かべる。
ざわざわ。
ざわざわ。
『おやおや、鈍い子だね』
『失礼じゃないか、こんなところまで呼んでおいて!』
『あの弱っちいケダモノは、何だったのでござろう』
『元気いっぱい大勝利!』
アイリの耳に、引っ切りなしに四方八方から声が飛び込んでくる。
──何だ、これは。
何が起こってる。
「ほええええええええ!!!」
混乱のあまり全力で叫ぶアイリの後ろで、ブライアンは不本意だと言わんばかりに大きなため息をついたのだった。
「はぁ……」




