第34話 闊歩
「……!!」
思い切って外に出たアイリとコレンは、その光景に絶句した。
「ぎゃあああ!!」
里の人達の体格を優に超える背丈、木のように不自然に細長い手足。
溶けてしまいそうな皮膚が張り付いたドロドロした胴体は、ところどころ穴が空き、かろうじて人のような形を保っている。
足跡も同じくドロドロと溶けて、青黒いカビのように固まっていく。
何より言葉を奪うのは、かろうじて人の姿を保ちながら、頭部が丸々ついていなかったのだ。
──いや、違う。首は無いが、顔が体のてっぺんに仰向けで埋め込まれていた。
正面は見えていないだろうに、はっきりとこちらに向かって来る。しっかりした足取りで。
そんな無気味な怪物が、四体も里を闊歩していたのだ。
「ノオオオオオオ!!!」
「ノオオオオオオ!!!」
地の底から響くような、唸り声を上げている。
アイリは、思わず耳を塞ぐ。
「あれは……」
「まさか、見えざる者!?」
何故こんな山奥の里に。見えざる者って、人の多い所に現れるのではなかったのか。
里の人達は悲鳴を上げながらも、次々に呪文を唱え始める。しかし、クレエールの呪文を完成させるには時間がかかる。
唱えている間にも、怪物は闊歩し里を汚していく。
「クレエールをなめるなぁ!!」
「無茶しないで!!」
「早く、早くこちらへ!!」
「距離を取るんだ!!」
この辺りの土地は昔戦場だったらしく、霊の力は強い。時間はかかるが、なんとか霊を呼び出す。
「はあああ!!」
「ノオオオオオオ……」
霊をぶつけると、流石に怯んだように見える。しかし、すぐにまた動き出す。
──最強のクレエールの力が、ここまで通じないとは。
長老の穴ぐらの近くに住む親族の男性が二人に気付き、近寄ってきた。
「ニダヤおじさま!!」
「おじさま!!」
「コレン、アイリ様を連れて早く逃げるんだ。こいつらは、明らかに里を狙っているぞ!!」
「ど、どうして!?」
何故、里が狙われなければならないのか。こんな山奥で、ひっそりと暮らしているのに。
「分からん。しかし、今は考えておる時ではない!!」
切羽詰まった表情でそう告げるニダヤに、コレンもしっかりと頷く。
「分かりました! おじさま、気をつけて」
「いいから、早く行きなさい」
その時。
──ドサッ!!
「……!!」
そのような会話をしていた最中、彼等の横を人が飛んできて、派手に倒れ込む。
「マックリーンおじさま!!」
アイリがギョッとして怪物の方を振り返ると、彼等は何本もの枯れ木のような腕で、辺りを殴っていた。当てもなく、無造作に。
マックリーンは、あの腕に殴り飛ばされたらしい。地面に臥したまま、呻き声を上げ動かない。
「おじさま、しっかり!!」
「構うな、コレン。アイリ様を連れて逃げなさい、早く!!」
ニダヤに急かされ、コレンは一瞬躊躇したがガッとアイリの腕を掴む。
「コレン……」
「行きましょう、アイリさま!!」
アイリの手を引き、力強く駆け出す。振り返らずに目指すのは、里の出口。
木の灯籠が目印に立っている。あそこまで逃げ込めば、ひとまずは安心だろう。
幸い里は見晴らしがいいので、見えざる者の位置は確認しやすい。
──早く、早く、早く!
転びそうになりながらも、必死に足を動かす。後ろから何の音か大きな物音もするが、止まるわけにはいかない。
手を引かれ走りながら、アイリはふと気付きハッとなる。
「お兄ちゃん……」
そういえば、お兄ちゃんはどこに行ったの?姿が見えないけど、まだ里にいるよね?
しかし、すぐに思い直し首を横に振った。
──いや、お兄ちゃんだもん。お兄ちゃんならだいじょーぶ。
不安を取り除きたかったのだが、兄が能力を使ったところなど見たことがない。
「ほら、もうすぐ出口ですよ!!」
「……!!」
アイリが気が付いたのと同時に、コレンの足も止まった。
「ノオオオオオオ!!」
四体だけではなかったのだ。こんな場所にもう一体。
見えざる者が二人に気付き、ズンズンと音を立てやって来る。
「もうすぐ出口なのに……」
「アイリさま、こっち!!」
コレンが再び手に力を込め、走り出す。
倒れていた巨木を軽くジャンプして飛び越えた──その刹那。
「コレン!!」
強く握られた筈の腕の感触が、一瞬にして消えた。




