第33話 外
アイリはようやく熱いお茶との格闘を終え、一息ついた。
お茶は甘く、少し香ばしい香りを匂わせる。
「おかわりいれますかぁ?」
コレンが、アイリの隣の椅子に腰掛ける。アイリの二つ上で、頼もしい姉のようなコレン。
アイリが住んでいる穴ぐらの隣りに住んでおり、よく話をする仲だ。
サッとおかわりを入れてくれたのだが、またしてもお茶との格闘が始まってしまった。
「フェミーナおばさまはどうしたの?」
「母さまですか?……さぁ、お昼からお出かけしてるのか、家にいないみたいで。外にいるのかな」
ここ最近出かけてばかりだ、と愚痴をこぼす。なかなか家に帰ってこない。お土産は、いつも豪華だが。
フェミーナおばさまは、いつも元気だから。
アイリはフフ、と笑った。
活発なこの親戚は退屈なのか、しょっちゅう里を留守にする。里の外の話を聞かせてくれるのは、大概彼女だった。
そんな彼女の話も、アイリの楽しみの一つだ。
「アイリさまも、今日は出かけてたんでしょう?」
「うん、お石のところ」
「またですか?」
どうせお出かけするなら、もっと遠くに行けばいいのに。
「アイリさまったら、出かけても丘とかお石とか──竹の林のところとか、近くばっかり」
「遠く行ったら、お兄ちゃんもみんなも心配しちゃう」
そう告げると、コレンはポカンと目を見開く。
「みんなって?」
「え?」
「アイリさまって、コレンと、ブライアンさまと、長老さまと……あと母さまとしか、ほとんどおしゃべりしないでしょ」
みんなって誰?
そう返され、今度はアイリの方が目を見開く。少し考えこんだ。
「……あんまりお話ししないなぁ、里の人達と」
「年が近い子とかと、お話ししないの?」
「コレンだけだよ」
里にも他に年が近い子もいるのだが、話しかけてもどうにも返しがそっけない。少し避けられているようにも感じる。
大人達は大事にはしてくれるけど、用事がないと話しかけてこないような。
本当は、里のみんなともっとお話ししたいのだけど。しょんぼりしてしまうアイリに、コレンは慌てた。
「ほら、みんな話しかけにくいんだと思いますよ。長老の──えっと、ひ孫さんだし」
「でも、コレンはお話ししてくれる」
アイリの言葉に、コレンはえへへ、と目をぺたんこにした。
「だってぇ、コレン頭よくないからそういうのワカンナイモン」
「えー、なにそれ」
とぼけるコレンにガクッとなってしまう。
大体それを言うなら、コレンの母親であるフェミーナはどうなるのだ。彼女もワカンナイモンなのか。
「頭よくないって、そんなことないよ」
「アイリさまはかわいいし、優しいし、お話しできるし、もっと色んな人とおしゃべりすればいいんですよ」
里だと接する人は限られる、いつも同じ顔を見るばかりだ。コレンは、それが大層退屈だという。
「どうせなら、もっと遠くにお出かけしてみればいいのに」
「──外、か」
かつて、フェミーナから聞いた話を思い出す。自慢げに話していたこと。
「遠くに、大きな町があるって言ってた」
「テイクンシティーだよね。大きな家がいっぱいで、人もいっぱいだって」
「道、があるんだよ。石でできてるってホントかなぁ?」
フェミーナはもう頻繁に、都会へ足を運んでいるらしい。
帰ってくる度に、ニコニコしながら町の様子を教えてくれるのだが、ずっと里しか知らない二人には想像もつかない。
お楽しみになさって、などと言ったりするので、聞いた話が本当なのか怪しんでいる。
でも、だからこそ夢は膨らむ。
「みんな、どんなもの食べてるんだろ」
「きっと、すごくおいしそうなの食べてますよ。お肉とかいっぱいあるよね」
「パン、が気になるな。ふわふわだって」
「パンは気になる! どんな味がするのかな」
「町の人は、どんな姿してるんだろ。そういえば町の人はオカネ、使うんだよね?」
「オカネ、難しそう。オカネを渡して、物をもらうって。それをカイモノって言うそうですよ」
「──どうして、物をもらうのにオカネがいるの?」
「それが分からないから、町に行けないのでしょうね。頭よくない」
ため息をつくコレンを他所に、アイリはうっとりして上を見上げる。
「楽しいところなんだろうなぁ、行ってみたいなぁ」
里にいる自分には無理な話だが。いつかは町に行ってみたい。
「アイリさまなら、町でもやっていけますよ」
コレンはまた目をぺたんこにすると、お茶を注ぐ。
「あ、あつい!!」
「またですかぁ?」
またお茶を注ごうとするコレンに、アイリが抗議しようとした、その時。
「うわあああ!!!」
「!?」
外からだろうか。
遠くから、里の人の悲鳴がいくつも聴こえてきた。穴ぐらにいるので、こもって聴こえる。
「ぎゃああああ!!」
「うわあああ!!」
また聴こえる、間違いじゃない。
アイリはコレンと目を見合わせた。
「今のは?」




