第32話 限界
【リジュの里】
【当主の住居】
「──もう、我慢の限界だ!!」
洞窟から戻ってきた二人を出迎えたのは、激しい怒号だった。
元気に顔を出そうとしたのだが、慌てて扉の影に隠れる。出れるような雰囲気ではない。
穴ぐらの屋敷中に響くかという程の大声に、アイリはビクッと身を震わせた。ブライアンも、足がすくむ。
「落ち着きなされよ、スメルダ」
「これが落ち着いていられるか!! たった一年前にあんな事があったのに、それでも我が息子は団に尽くしたというのに!!」
「あと一年もないじゃありませんか、あと一年の辛抱で」
「息子はそうでも、後はどうするつもりだ。卒団する年まで勤めても、何故まだあのような言われようをされなければならない? 息子が何をした!? あんな、あんな疫病神のような──」
「スメルダ」
ここで長老が口を開いてさえぎり、流石に一同は押し黙る。
長老の、深い深いため息が聴こえてきた。
「……あなたの気持ちは分かります。あの子は、私達にとっても息子同然なのですよ」
「であれば!!」
スメルダはずいっと長老に詰め寄る。顔を見なくても、きっとその顔は赤く染まっているだろう。
「了承くださいますかな、団から手を引くことを。私はもう……限界だ!!」
「しかし、団はどうなります。マジェラが団から手を引いた以上、私達も手を引くというのは」
「分かっております、そんなことは。ですが、このままではわざわざ里に来た意味がない!!」
緊迫感に満ちた声に、アイリはすっかりすくんでしまった。
最近はずっとこうなのだ。長老と里の者達が度々集まり、こんな激しい言い合いを続けている。
アイリには人が変わってしまったようで、恐怖でしかない。今まで、こんな事があっただろうか。
ピリピリしていて、近寄りたくない。アイリはほとほと困っていた。
流石にヒートアップしすぎたのか、出し尽くしたのか、声が静まり皆が一息つく。
その時、一人の者が口を開いた。
「……いっそ、ブライアンに行ってもらってもよかったのでは?」
「それは」
「一度その話もあったじゃないか」
「いや、お前、彼ならどうなってもよいと?」
「そこまでは言っとらんよ」
「そう言ってるではないか」
「流石に、彼に行ってもらうわけには……」
先程とは打って変わり、ブライアンの名前が出た途端に気まずさが彼等を包む。ボソボソと、くぐもって聞こえない。
思いがけず兄の名前が出たことに、アイリは目をぱちくりさせた。
そろそろと兄の方を振り返ると、こちらも厳しい表情をしていた。射るような鋭い瞳。
今度はこちらが我慢の限界だったのだろう、ついにブライアンは一気に扉を開けた。
──ガララ!!
大きな音と共に現れたブライアンとアイリに、そこにいた里の者達は一斉に固まった。
「ブライアン!」
「アイリ様」
その顔を見た瞬間、揃っておどおどしている。
ブライアンはそんな彼等に向かって、爽やかな笑顔を作った。
「ただいま戻りました〜!」
「おかえりなさい」
長老がぎこちないながらも、微笑んで返す。後ろからひょこっと顔を見せたアイリに、ホッとした様子だ。
親族の内の一人が、ブライアンに向かっておずおずと口を開く。
「ブライアン、その」
今の会話が聴こえたのか、探りたいのだろう。ブライアンは、わざとらしく首を傾げてみせた。
「ん? 何かあったのか?」
「あ、いや」
「別に、な」
とぼける兄に、今度はアイリがポカンと首を傾げた。はっきりこの耳で一緒に聞いたではないか、すぐそこで。
──お兄ちゃん、さっきの話聞かないの? 聞いちゃダメ?
兄が聞かないなら、そうなのだろう。子供心ながら、ヒミツだと察する。
「アイリや、遅かったですね。心配で、ブライアンに探しに行ってもらったのですよ」
「ごめんなさい長老さま、お石のところに行ってました」
アイリは素直に頭を下げる。長老はそれを聞いて、緩やかに目尻を下げた。
「それはよい行いでしたね、立派ですよ。ミラーベルが温かいお茶を用意していましたから、いただきなさい」
「はい!!」
長老に褒められたので、アイリは上機嫌でミラーベルの元に走っていく。
その姿を見送り、ブライアンは軽くため息をついた。
「俺が、団に、ね」
少し意地悪で嫌味っぽく言うと、里の者達はサッと顔を青くする。
「い、いや」
「すまない、我々はそんなつもりでは」
「大丈夫、分かってるよ」
ブライアンは、鋭くしていた目を緩めた。
「本来なら、立場だけで言えば俺が行くのが妥当だから。そっちだって、その方が気が楽だろうし。でも、スメルダさんには悪いけど、俺は団には入れないよ」
ブライアンはそう言いながら、お茶が熱くてワタワタしているアイリを遠目から見つめた。
「──入れない理由がある」




