第326話 納得
【ナーガ公国】
【西部 ンアジー】
【メア・マッキンリー宅】
メアは、口をあんぐりと開けてただ呆然とした。
「テイクンから来た……?」
二人の話を聞いても、まだ納得がいかないようだ。その反応に、ヨースラとカリンも気まずそうに顔を伏せる。
「信じられない、この国の者ではないのか」
それも、軍によって強引に。
無理もない。自分達も、ナーガに連れてこられた事実に納得はしていない。
「どうやって来たのだ。我も国の皆も、この国から出た事なんて──」
「あ、列車です。多分、貨物列車で」
「何故、貨物列車で来るのだ」
あれは人ではなく、荷物を載せるものだ。
ごもっともな指摘だが、それは二人がナーガの軍に問い詰めたいところ。来たのではなく、連れてこられたのだから。
「この国の者にしては口調が軽い、とは思ったものだが……」
「そうなんだぁ」
この国の民は皆、メアと同じ様な口調で話すらしい。真面目な国民性なのだろうか。
「それで、テイクンから何故やって来たのだ。それに、何故我が国の軍に追われている?」
「それは……」
分からない。だが、思い当たる節はある。
ヨースラは口ごもりながらも、口から言葉を出す。
「僕達は、テイクンの政府に仕えているんです」
「なんと、軍人か」
「あ、いや、軍人では──」
「軍人、みたいなものじゃない? ウフッ」
戦う相手が、普通ではないだけで。
カリンの言葉に、ヨースラは一瞬頷きかけたが、振り切るように首を横に振った。
剣の団の立場を説明するのは、難しい。
「軍人ではありませんが、同じ様に国に仕えています。国の皆さんにも、よく顔を知られているんです」
「ほお?」
そんな二人を、ナーガの軍がわざわざこの国にまで連れて来た。
列車の中で、ヨースラずっと考えていたこと。これはあくまでも、推測の域を出ないが。
「──何かしらの、交渉の材料にするつもりだったのでは、と」
「軍としての、か」
仮にそれが正しいとしても、腑に落ちない部分はある。
他国との交流が無く、閉鎖的な印象のあった隣国が、何故剣の団の存在を知っているのだ。
知ったとして、何故あのような強引な手を使ってまで、交渉の材料にする必要があったのだろう。
「すみません。正直、僕達もよく分かっていないんです」
気がかりだが、ナーガの国民であるメアに向かって口にするのは、少し気が引けた。
メアは少し悩んだ様子だったが、ボソッと呟く。
「大公様のお考えは、やはりよく分からないな」
「え?」
腰掛けていたメアはすくっと、その場に立ち上がった。レースのフリルがバサッとはためく。
「とにかく! 今のそなた達には、居座る場所が無い、ということだな」
「えっと、はい」
ヨースラの返しに重々しく頷くと、こちらにパッと笑顔を向ける。閃いた、と。
「考えたぞ。帰る手立てが見つかるまで、この部屋を使えばよい」
「えー!!」
「それは、流石に申し訳ないです」
まさかの提案にギョッとする二人に、メアは手をヒラヒラと振る。
「よい、気に病むな。その代わり、そなた達に頼みたい事があるのだ」
これも、交渉だ。
困惑する二人の前に、メアはもう一度腰を下ろす。
「実は我は、この国のバレエ団に所属している」
「バレエ?」
「バレエ、バレエ……。バレエって、確か踊りだよねぇ?」
そのような名前の踊りがかつて流行っていたと、耳にしたことはある。テイクンシティーで。
だが、実際に目にしたことは無かった。
「見た事がないとは、なんと勿体無い! 針の穴を通す様な精密な動作、まるで異世界に飛び込んだかのような世界。バレエは、まさに芸術なのだ」
うっとりした様子で、自慢げに話す。
楽しそうなメアに、カリンも笑顔になった。
「団、かぁ。メアちゃんも団、なんて素敵。ウフッ」
「ん?」
「い、いぇ、それで?」
メアは気を取り直し、おっほんと咳払いする。
「ここにいる間、我がバレエ団の手伝いをしないか?」
「えーー!!」
丁度、人を探していたという。バレエ団で働きつつ、帰る手段を探せばいい。
この自宅に匿う代わりに、労働する。確かに、立派な対価だが。
「有難い話ですが、バレませんか?」
「そうだよぉ!」
「バレ……?」
「脱走者だと、分かってしまうんじゃあ──」
「ああ、問題無い。メア・マッキンリーが言うことなら、皆納得してくれる」
自信を持って、二人にそう告げるメア。
「我はバレエ団の、第一舞踊手だからな」
二人は困惑しながら、目を見合わせたのだった。