第324話 肉
【ナーガ公国】
【西部 ンアジー】
香ばしい、肉が焼ける香り。
とあるベッドの上で、ヨースラはゆっくりと目を覚ました。
「うわっ、少々焼きすぎただろうか」
「大丈夫大丈夫〜、いい色だよぉ。ウフッ」
台所から、楽しそうな会話が聞こえて来る。
ヨースラはベッドから起き上がろうとしたが、肩にまで巻かれた包帯に動きを阻まれた。
頭は特に分厚く巻かれていた。薬だろうか、染みるような痛みが全身に広がっていく。
「ここは……」
見覚えの無い部屋だ。カリンが好きそうな、一面かわいい、で彩られた部屋。窓一面を覆うカーテンは、ピンクの派手な花柄。床には、大小様々なぬいぐるみが所狭しと並べられている。
「起きたか、客人」
気付いた部屋の主が、カリンと共にお盆を運んできた。
固い口調とは裏腹に、現れたのは若く美しい女性だ。まだ辛うじて少女、と呼べるだろう幼い顔。
そこまで歳は離れていないだろう。前髪を編み込み、後ろで大きく一つにくくっている。ナエカでも着ないような、質感のあるずっしりとしたワンピースを着こなしていた。
「ちょうど肉が焼き上がったところだ」
「ヨーちゃん、大丈夫?」
「傷は浅くはないぞ、あまり無理をするな」
彼女のその言葉に、ヨースラははっきりと今までの経緯を思い出す。
──そうか、あの子を交わそうとして崖から。
地に足がつかず落ちていく感覚が、今になってじわじわと頭に甦る。
「あなたが助けてくれたんですか?」
「あぁ、その程度の怪我ですむとは、強運としか言いようがない。さっき医者が帰ったが、驚いてばかりだった」
そう告げながら、ヨースラの前に皿を差し出す。彼女が動く度に、きらびやかなレースが床にこすれた。
厚切り肉のステーキ。牛の肉だろうか、随分と厚みがある。
「とにかく、食すのだ。血を失った時は肉と、相場が決まっている」
「あ、ありがとうございます」
これも、この国の慣わしか。
顔を引きつらせながらフォークを掴み、とりあえず一口だけ口に放り込む。
少し焦げてはいるものの、充分に美味だった。ただ、この体調で全て食べ切る自信は無い。
それでもなんとか胃に放り込み、口を動かすヨースラに、彼女は満足そうに微笑む。
「よかった」
だが、すぐにその表情を引き締めた。
「そろそろ、そちらの話を聞きたい」
「はい。僕はヨースラ、彼女はカリンっていいます」
「ん? 彼女の名は聞いたが、そなたはヨーチャン、という名では無いのか?」
「カリンちゃん!!」
あだ名で名乗ってどうする。ごめん、と手を合わせるカリンに、彼女はフフ、と上品な笑みをこぼす。
「随分と軽快な口で話すのだな、明るくてよい」
「そうですかね、はは」
しかし、すぐに瞳を落ち着かせた。
「──ご両人、例の放送にあった脱走者であろう?」
その言葉に、ヨースラもカリンも顔の色を消す。フォークを持つ手が止まった。
「やっぱり分かってたのぉ?」
「軍の指令なれば、当然」
「何故、僕達を助けてくれたんですか?」
軍に逆らえば、反逆の罪に問われるかもしれないのに。
そう尋ねると、彼女は意味深な笑みで返す。
「実は我も、そなたらが崖から落ちた瞬間を近くで見ていたのだ。少女を助けようと、全力を出していた姿をな」
「……!!」
「崖から落ちたのは予想外だっただろうが、どのみちあのスクーターは、壊れてしまうところだっただろう」
それでもこの二人は、逃げることより少女を助けることを優先した。
とても巨悪な人間とは思えない。
「軍も、なかなか横暴だからな。そなたらが軍に捕まったのも、浅からぬ事情あってのこと、そう考えたのだ」
だから、そなた達を助けた。
あっさりと告げる彼女に、二人は言葉を失うも、笑顔で顔を見合わせる。
「事情は分からないが、人たらんとする者を天は見捨てたりなどしない」
人でいなければ、人の矜持を忘れてしまえば、人である意味が無い。
「そういうことだ」
「……あの、まだお名前を聞いてませんでしたね」
「我の名前?」
ヨースラに尋ねられ、彼女は一瞬キョトンとしたが、すぐに真っ直ぐな笑顔を向けた。
「我は、メア・マッキンリーという者だ。気軽にメア、と呼んでくれて構わない。これも縁だ、客人を歓迎しよう」
age 22 is over.
次回予告!
「テイクンから来た……?」
「あの無礼なグルベールに、挨拶させようではないか」
「あかん、このままやと船が壊れてまう!」
「誓ったであろう。この国の皆の為に為すべきことをする、と」
「メア・マッキンリーが言うことなら、皆納得してくれる」
次回、age 23!
蝶の踊り子!
「私は、目の前で幼い子を救ったあの二人を信じたい」
お楽しみに!