第323話 宙
【テイクン中央部 郊外】
「うわぁ〜〜、広〜〜い!!」
テイクンシティーを取り囲む、長い城壁。その城壁の外に出ると、なだらかな草原が広がる。
草原を駆け抜ける、心地よい風。アイリは草原を見渡し、大きく伸びをした。
「こんな外に何があるの?」
「あれか」
なだらかに広がる草原、進んだ先に。
「あちらです」
ドナが、指し示した先にそれはあった。
緑に囲まれた大きな格納庫の中に鎮座する、巨大な乗り物。
「おおっきい!!」
「すっげ〜!!」
「整備点検、全て完了してます」
「これは……飛行船か?」
帆が無い、巨大な船。どれほど見上げても、頂上は見えない。
金色に光る丸い胴体。丸々と太り、美しい曲線を描く。今にも格納庫を突き破って、動き出しそうだ。
「そう、飛行船。ずっと準備はしていたのよ、遠くの地方に行く為にね」
「……ヒコウセン?」
「キュッ」
肩に乗るクーと、一緒に首をひねるアイリに、シキが笑顔で近付く。
「姫、これでナーガに行けるよ」
「本当!? これでどうやってナーガまで行くの?」
「どうやって行くと思う?」
「うーん……」
ぎこちなく動く、アイリの頭の中のギア。こんなに大きな乗り物が、私達を乗せて動くとしたら。
「列車みたいに走るのかな、でも線みたいなのが無いよね。船は海じゃないと動かないし、ここは海から遠いし……」
「おお、線路の存在を覚えたか」
ショウリュウの苦笑を他所に、ギアは無理やり回り続ける。
出した結論は、一つ。
「そうだ、地面に潜って行くんだ!」
「惜しーーい!!」
草原中に響く声。皆の反応に、アイリはぽかんとなる。
「アイリちゃん、惜しいな〜。地下に潜る乗り物は、確かに見てみたいんやけどな」
「……アイリちゃん、賢い」
「考え方は合ってると思うわよ、アイリ」
これはもしかしなくても、他の皆は正解が分かっているのか。
「違う、の?」
少しがっかりするアイリが振り返ると、シキはクスクスと笑いながら口を開く。
「美しい発想だよ、姫。残念ながら下じゃなくて、上なんだ」
「下じゃなくて、上?」
下ではなく、上。地面とは、反対にあるもの。アイリはグッと顔を上げる。
そこに広がるのは、雲一つない晴れ渡った青空。
「まさか──」
シキの言いたいことを察して、アイリは大きく目を見開いた。
「飛ぶの?」
「その通り」
──信じられない話だ。
この大きな乗り物が、空を飛ぶという。それも、四人の人間を乗せて。
「こーんな大きいのが、飛ぶの?」
鳥のように。いつか絵で見た、伝説の竜のように。
かなりの重みがある乗り物に見えるが、どうやって宙に浮かせるのか。
それだけの力を、どうやって。ショウリュウの風ですら、二人しか乗せられないというのに。想像すればするほど、おとぎ話のようだ。
「浮くんだ、すごい!」
早く、空を飛ぶ姿を見てみたい。
目をキラキラさせて飛行船を見上げるアイリに、周りも笑顔を浮かべる。
「えらい立派な飛行船やな、オーナーが作ったん?」
「買ったのよ。昔、開発が中止になった船を買い取って、造り直したんですって」
政府も協力し、こうやって新たな船として生まれ変わったのだ。
これで、二人を取り戻しにいける。
「お、ここから入れそうじゃん!」
「ホント!? 中見てみたい!」
「キュ〜」
アイリとレオナルドが、大はしゃぎで真っ先に乗り込む。クーもアイリの首にしがみつき、乗り込んだ。
「おーい、先々行くなや〜」
続いて、ジェイとルノも乗り込む。四人が乗るのを見届けると、激しいエンジン音が鳴り、船体が震えた。
残りの四人はその場に残り、ジッと飛行船を見つめる。
「急なことだったのに、ありがとうね、ドナ」
「いえ」
「……いいな、乗ってみたいなぁ」
ナエカがボソッと呟くと、シキもうんうん、と頷く。
「ノブレでも飛行船は持ってなかったよ。流石にちょっと、興味はあるよねぇ。坊やだって、飛行船乗ってみたいでしょう?」
「いや、俺は別に……」
パッと目を背けるが、歯切れが悪い。意識ははっきりと、飛行船に向いている。
格納庫の天井が大きくパカッと開き、太陽の光が射す。
出発の合図。エンジン音はどんどん大きくなり、やがて飛行船はふわりと浮き上がった。
四人を乗せたまま、ぐんぐんと上昇していく。
「頼んだわよ、四人とも」