第320話 台無し
【パレス 大広間】
「二人が行方不明!?」
「連れて行かれた先で脱走して、行方が分からんのやて」
アイリの報告を受けて、団員達が広間に集まっていた。重苦しい空気が広間を包む中、シキはフフ、と余裕の笑みで微笑む。
「軍隊から逃げ出すだなんて、流石だね。美しいよ」
「おいおい」
ショウリュウは呆れながらも、チラッと何故か居座っているココロに目を向ける。
ソファーに堂々と座り込んでいる、ように見えるココロ。
こちらはこちらで、重い空気が包んでいた。部下の兵士達が真っ青な顔を並べ、ココロの前に跪き、ひたすら土下座する。
「うつけ……この屈辱……。あれ程大声で、情報を漏らすとは……」
「殿下、申し訳ございません!!」
「申し訳ございません!!」
「わざわざこの国に出向いたというのに、台無しじゃないか……」
こちらが二人の身柄を抑えているからこそ、成り立つ交渉。二人を手放している事を、早々に知られるだなんて。
カッカッと音を鳴らす、床を叩く靴。
苛立ちを隠せないココロに、兵士達は耳まで白くしている。ある兵士は震え上がり、寒い季節でもないのにカチカチと歯を鳴らす。
そんな彼等を他所に、エリーナは冷静になろうとひそかに息を吐く。
「オーナーはもう知っているの?」
「さっき伝えた。ハーショウさんが動いてくれとるようやけど、他の国の事やからな、時間かかりそうや」
「そうよね、オーナーは何か言ってたかしら?」
「絶対動くな、ハーショウさんの報告が来るまで待て、やと」
「えぇ!? それまでじっとしてるんですか!?」
珍しくはっきりと声を上げたアイリに、皆が驚き目を丸くする。
「アイリ」
「姫」
なりふり構ってなどいられない。
驚く皆の間をすり抜け、アイリはココロに近付く。
「タイコウ様、ここからナーガまでどのくらいかかるんですか?」
「行こうというのか?」
苦笑混じりに聞き返すココロだったが、どこまでも真っ直ぐで真剣なアイリの目に、気押されたように目を逸らす。
「……朝に国を出たのだが、この国に着いた時にはワニの星が姿を見せていた」
──半日、か。
アイリがリジュの里からこの街に来た時よりも、長い距離。それでも。
「エリーナさん」
沈黙の中で、エリーナに皆の視線が集中する。皆の感情が、エリーナにぶつけられているようだ。
エリーナは考えを振り切り、口を開く。
「やぶさかではないと申し上げましたわよね、大公殿下」
「どういうつもりか?」
怪訝な顔をする隣国の君主の前に、エリーナは堂々と立つ。
「グルベールは貴方に引き渡しましょう。ただし、貴方がナーガに連れて行った二人も私達が見つけますわ」
「……!!」
その言葉に、団員達の目の色が変わる。
「それじゃあ」
「ええ、考えがあるって言ったでしょう?」
「……正気の沙汰とは思えないな」
思わずそうこぼしたココロだが、団員達は皆気合いを入れ、やる気に満ちている。
「おっしゃあ!!」
「ヨーくんとカリンちゃんを、迎えに行かないとね」
「遠すぎだろ」
地面に手をついたままポカンと口を開け、呆気にとられる兵士達。
ハーショウを待って、更に半日かけて移動するなど、そんな悠長に待ってはいられない。
「そうと決まれば、私達の得意な役割分担ね」
「ヨースラさんとカリンさんを助けに行くのと、グルベールを探すのに分かれるんですね!」
「そうね、アイリ。依頼もあるでしょうし」
「そうなると、問題が一つあるな」
「問題?」
こちらに向けられた、意味深なショウリュウの視線に気付き、ジェイが軽く笑みを浮かべる。
「俺がどっち行くか、やろ? どちらも探し物やからな。俺はナーガの方行くで」
どうして、と尋ねる前に、レオナルドがパッと手を上げる。我先にと、身を乗り出した。
「オレもナーガ、行きたいっす!」
「私も!」
思わず反応し、アイリも手を上げた。必ず、先輩達を取り返さなければ。
前のめりの二人に対し、シキはうーん、と悩みだす。クーを撫でながら。
「この僕は残ろうかなぁ。悪いけど万全ではないし、ジェイくんがそっち行くなら、この僕がこっちにいた方がいいでしょ」
「そっかー」
強い嗅覚を持つシキも、探し物には向いている。
少し残念そうなアイリに、シキは伸びやかなクーの体を持ち上げ、アイリに差しだす。
「姫、クーを連れていけばいいよ。この僕の代わりさ」
「キュッ?」
「えー!!」
アイリが抱き抱えると、クーは素早くアイリの首に巻きつく。そのまま喉を鳴らして、アイリに擦り寄ってきた。
「いいの?」
「キュ〜」
「あはは、くすぐったい」
「……もう懐かれてるね、アイリちゃん」
「当然だよ。クーはこの僕と同じで、見る目があるからね」
「うるせーな」
つい先程クーに、尻尾ではたかれたばかりのショウリュウは、苦い顔をするしかない。
「ルノは──」
エリーナが最後まで口にする前に、ルノはエリーナの目の前に詰め寄るように仁王立ちしていた。
決意が揺らぐ事はない。ルノの意志を確認し、エリーナはため息をつく。
「分かった、貴方はナーガね。それじゃあ私は、グルベールの方に行くわ」
話し合いの結果、こう分かれた。
ジェイ、ルノ、アイリ、レオナルド。そして、クーがナーガへ。
エリーナ、シキ、ショウリュウ、ナエカがここに残り、グルベールを探す。
「それで団長、考えってなんや?」
「ああ、その事なんだけど」
エリーナは、窓の向こう側を見つめた。もっと遠く。
目指す目的地は、ずっとずっと先にある。
「ドナを呼んでくれる?」