第319話 質問
【テイクン帝国】
【テイクンシティー ミツナ通り】
「ねぇ……」
「ん?」
「あの人、なんでずっとついてくるの?」
通りを二人で歩くナエカとレオナルドは、先程からしきりに後ろを振り返っていた。
後ろが、どうにも気になって仕方がない。
「タイコウ様って、王様なんですよね?」
「正しいと言えば、正しい。誤りかと言えば、誤りだ」
「ほえ」
二人の後ろには、アイリとココロ大公が並んで歩いていた。大公の側には、無防備にも兵士は一人もついて来ていない。
アイリが心配なのか、ルノも横についてきている。
先程から、アイリはココロに質問してばかりだ。アイリはココロが話す大公と王様の違いに、目を輝かせて聞き入っていた。
「じゃあ、タイコウ様のお父様が、自分から王様──じゃない、タイコウ様になったんですね!」
「そうだ、そう捉えてもらって構わない」
「すごいな〜」
ナエカとレオナルドは遠巻きにその会話を耳にしながら、さり気なく目を見合わせた。
随分と親しくなったようだ。今目の前で話をしているのは、先輩二人を連れ去った人物だと理解しているのか。
それとも、これはアイリなりの作戦なのか。
「偉い人なのに、お付きの人がいなくていいんですか? 兵士さん達は?」
「兵を率いていては、余計に警戒をさせるであろう」
「そっかー」
アイリの興味は、今度は隣国へと移った。
「ナーガって、どんな国なんですか?」
さぞ口が軽くなるだろうと思ったのに、ココロはピタッと足を止めてしまう。硬い表情にも見えた。
「──貧しき国だ。緑も枯れ田畑は荒れ資源が少なく、民は皆苦しんでいる。テイクンに住んでいれば、想像もつかぬ国であろう」
「え?」
元々ナーガ公国は、テイクン帝国と同じ国であったのだ。広大な領土を持ち、文明も栄えていた。
だが、目に見えない魔物が現れ、国は荒らされた。一部の恐怖に怯えた者達が逃亡し、新たな国を作った。
それがナーガ公国だ。
「見えざる者はそもそも、華やかな場所を好む。我が先祖達が悪魔から逃れる為には、貧しい土地しかなかったのだ」
「そんな」
「愚かな判断、そうであろう?」
そのような寂れた土地に逃げ込み、確かに見えざる者はナーガには現れない。だが、その代償は。
状況を変えるには、国の土地を広げるしかない。少しでも、緑が豊かな土地を。
──そう、テイクンのような。
「……だから、あの人をこの国に?」
「……」
そう、問いかけた瞬間。
ココロは、フッと大きく口元を歪ませ微笑む。
冷たい笑みに気付き、アイリはビクッと足を止めた。ルノも気付いたのか、目を鋭くさせる。
「その通り」
勿体ぶったように答えたココロだったが、アイリはジッとココロの目を見つめた。爛々と輝く瞳。
……違う、これは嘘だ。
この瞳を知っている。グルベールという人と同じ、悪い事を考えている時の瞳。
何か、他に理由があるんだ。グルベールをこの国に送ってきた理由が。
「グルベールって人、ナーガにいる時はどんな人だったんですか?」
アイリは敢えて、質問を変えてみる。少し予想外の質問だったのか、ココロは悩んでみせた。
「地味で実直な男だと記憶しているな。特別目立つ男では無かったが、優秀な男だった。ただ──」
「ただ?」
そこまで告げて、初めてココロの瞳に影が射す。
「我は、民達に向かってこう伝えてきた。テイクンシティーは魔物に荒らされた、荒れ果てた街だと」
「どうして!?」
思わず、大きな声を出してしまった。
確かに見えざる者に苦しめられているが、荒れ果ててはいない。
まだ若いアイリの反応が癪に触ったのか、ココロは拗ねたようにそっぽを向く。
「脱国者が出るからだと、分からないか? 我が国は貧しいのだから」
「ダッコクシャ……?」
ここにナエカやシキがいれば、アイリに説明したのだろうが、生憎この場にいるのは口下手のルノだけだった。
そんなアイリに構わず、口を開く。
「それは無論、あの男も例外ではない。この街に侵入したからには、当然真実をその目に収める事になる」
あの男は、ナーガの中でも特に貧しい地域の出身だった。
テイクンシティーの本当の姿を知った彼は、どう感じたのか。
「力を手にした経緯は知らないが、もしかしたらこの我を恨んでいるかもしれないな」
「……」
自身を恨んでいるかもしれない人物を、連れて来いという。
「連れて来ていいのか?」
珍しくルノが自ら口を開き、アイリは驚いて目を見開く。
冷たくこちらを見据える視線に、ココロはわざとらしい笑みを顔に貼り付けた。
「問題無い、あの男を連れてくればいい。早く顔を見たくて、諸君らに着いてきた。我の命に──」
「殿下!!」
通りに響く程の、大きな声。
前を歩くナエカとレオナルドも、気付いて振り返った。
金色の派手な軍服を着た男達が数人、慌てた様子でココロに駆け寄ってくる。
「殿下!」
「何事だ?」
「別部隊より、緊急連絡です! 公国へ連行したヨースラ・イーストウッド、カリン・エレガンの両名が、移送先のススラ貨物駅にて脱走した模様!」
「え!?」
「現在逃亡中で、行方も分からず……もごっ!」
言葉を失う彼等の反応に、ココロはあたふたと兵士の口を塞ぐ。
「うつけ! 知らせてどうする!!」
そこで兵士達も、アイリ達の存在に気付き顔を真っ青にした。
アイリは勢いよく、先頭の兵士に詰め寄る。
「行方が分からないって、どういうこと!?」
「いや、その」
「マジかよ、ナーガで行方不明になっちまったら」
ルノは、全身に冷水を浴びたかのようにただ立ち尽くした。
心臓の鼓動が早くなり、足の感覚がみるみる無くなっていく。
「ヨースラ、カリン……」