第31話 神様
ガガガガ。
森の奥の、さらに奥。ブライアンは洞窟を防いでいた石を、手で動かしてのけた。
石で隠れていた、小さな暗闇がぽっかりと姿を見せる。
「ほら、開いたぞ」
まだ明るい時間、アイリは洞窟の奥をそっとのぞきこむ。その手には、採ったばかりのナナボタの実。
「そういえばお兄ちゃん、なんでいつもここしまってるの?」
「なんでだろうな」
そう返すと、ブライアンは洞窟にさっさと足を踏み入れる。アイリも慌てて、兄の後に続いた。
洞窟の中は、この時間ではそこまで暗くない。アイリはロウソクを持ってこようかと迷っていたが、杞憂だった。
「ここも、すっかり綺麗になったな」
「アイリもそうじしたもん」
胸を張るアイリにブライアンも笑みを返し、奥へと足を進める。
ほとんど穴、と言っていい洞窟だ。目的地にはすぐつく。
洞窟には似つかわしくない程の大きな祭壇には、これまた大きな巨大な石。
一本のねじれた太い縄でしっかりと巻かれている。縄は赤い色で染められていた。
石の周囲には、眠っているように瞳だけが無い人形達。木の彫刻で出来たそれは、無機質に並べられこちらを向く。
アイリは祭壇に近付くと、持ってきたナナボタの実をそうっと両手で供えた。
「これすっぱいのに、おそなえしていいのかなぁ。神さまガッカリするかな」
「大丈夫だよ、熟すまで待ってもらえばいいんだから」
神様だって、怒ったりしないよ。
ブライアンの言葉にニヒッと笑うと、しゃがんで手を合わせる。静かに目を閉じ、祈りを捧げる。
「山神さま、山神さま……」
ここは長老曰く山の命の脈、が集まっている所だそう。力が集まる所で、この辺りの山の神がお住まいなのだとか。
この祭壇は、その山の神を祀っているらしい。生命の息吹溢れる場所。
長老は何を思ったのか、そんな神聖な場のお世話係にアイリを任命したのだ。
この歳では、まだまだ物を頼まれる事は少ない。まして、長老の孫として育ったアイリ。
ちょっとしたおつかいなど頼まれた事もなく、頼られることがどれ程嬉しいか。案の定、アイリは大喜びでその任を受けた。こうやって、度々山神さまの元に足を運んでいる。
手を合わせて石に祈りを捧げると、アイリはニコッと笑顔で振り向く。
「ねぇ、お兄ちゃん知ってる?」
「ん?」
アイリはそっと、並べてある人形の一つを手に取った。ゴツゴツした、感情の見えない人形。これも山の生命を表している──らしい。
アイリは人形を抱いたかと思うと、突然その人形の頭をポンと叩き出す。
ポンポンポン。
ギョッとするブライアンを他所に、軽やかな音が鳴った。洞窟の中で大いに響く。
「ほら、かわいい音がなるんだよ」
「こらこらこら」
あまりにも妹があっけらかんとしているので、ブライアンは苦笑する。
──いいのか、生命をそのように扱って。
ポンポンポン。
ポン。
アイリが試しに別の人形の頭を叩いてみると、少し高い別の音が鳴った。
これは、楽しいもの。それに気づいたアイリは大はしゃぎで、人形を叩き出す。
ポンポンポンポン。
洞窟に軽やかな音が響く。音が消えるのは遅い、叩く度に音が重なった。
ちょっとしたハーモニーのように。
──その時。
さあぁああ……。
「……!!」
二人の間を、暖かく柔らかい風が駆け抜けた。
洞窟を駆け巡る暖かい風。体中に温かいものが込み上げ、指先まで届く。
兄妹は顔を見合わせた。
「い、今の」
「ああ」
──誰かの声がした。
聴きとれない程小さな誰かの笑う声、明るくて温もりを感じるような。
二人ははっきりと感じ取ったのだ。そう、生きている誰かではない。
もしかして。
「──神さま?」
アイリは石の方を振り返った。祭壇の石は、いつもと変わらずそこにある。
でも、少しだけいつもよりくっきりと見えるような。
ブライアンも石に目を向けて、小さく笑う。
「よかったな、山神様はお喜びみたいだぞ」
「ほんとに?」
「ああ、音が嬉しかったのかな」
その言葉に、アイリはパアァッと顔を輝かせた。
それを合図にか、ブライアンは立ち上がる。
「さて、お参りもしたし、そろそろ帰ろう」
「えー」
現実に引き戻され、アイリは一瞬で表情を暗く染める。
よっぽど帰りたくないんだな。
ブライアンは、そんなアイリにもう一度笑顔を向け、肩に手を置く。
「流石に帰らないと、みんな心配するぞ」
「うん……」
渋々ではあったが、アイリは頷くと出口に向かって歩きだす。
ブライアンもアイリの後に続き、出口に向かった。
祭壇の石が見えなくなる寸前、ブライアンは一人振り返る。
「……また来るよ」
ブライアンはそう告げると、石に背を向け洞窟から立ち去った。




