第316話 争い
【テイクンシティー 中央通り】
【パレス 大広間】
「ヨーとカリンが……?」
隣国の君主は、確かにそう告げた。
ヨースラとカリン、二人の身柄を確保した、と。
信じられず言葉を失う彼等に、ココロが追い打ちをかける。
「そう簡単には信じられないか。だが、そろそろ帰っていなくてはおかしい時間ではないか?」
「……!!」
真っ先に時計の針を確認したのは、ルノだった。
駅にいたヨースラから、ルノへの連絡。次の列車で帰る、その連絡からもう随分経っている。
「そんな、まさか」
「ルノ、二人に──」
エリーナが言い切る前に、ルノは素早く通信機を取り出す。ジェイも、必死に頭の中のレーダーを飛ばした。
使い慣れた筈の指が、今は上手く動かない。
ようやく通信機を耳に当てるが、声が聴こえないばかりか、電源が切られている。
通信機を握ったまま、ゆっくりと垂れ下がったルノの腕に、皆が息を呑む。
ジェイも、力無く首を横に振った。
「少しは納得したようだな」
ジェイが悔しそうにパンパン、と自らの頭を叩くが、結果は変わらない。
「全然引っかからへん……こんなん初めてや」
「じゃあ、本当に」
「いやいや、ありえないっすよ! 二人とも、めっちゃ強いじゃないっすか!」
それでも立ち上がって否定するレオナルドに、ココロは大きな笑い声を上げた。
力を持った笑い声に、ナエカはビクッと肩を震わせる。
「……信じられないなら待っていればいい、どうせ帰ってはこないのだから」
堂々と言い放つココロに、レオナルドはサッと顔を青くする。
ルノは、通信機を握る手にグッと力を込めた。
「……二人はどこにいる?」
珍しく、自ら口を開いたルノ。僅かに言葉の端が震え、怒りを滲ませる。
だが、ココロは気にせず告げた。
「無論、我が公国へ連行した」
「え!?」
「今頃は国境を越えているだろうな」
まさか、異国の地へ連れ去られたとは。一体、どう探せば良いのやら。
「流石に遠過ぎて、どうしようもないね」
「どうやって行くんだよ!?」
ココロはグッと口角を上げると、一同を見渡す。胸元のメダルが擦れ合い、ジャラジャラと音を立てた。
「諸君らの選択肢は二つだ。ここでただ帰りを待ち、時間という貴重な宝を無駄にするか。それとも、グルベールを我に引き渡し仲間を取り戻すか」
さぁ、どうする。
堂々とした君主の言葉に、周りの兵士達も力を取り戻したらしい。次々と立ち上がり、彼等を包囲する。
銃はないけれども。
困惑する団員達の瞳が、団長に向けられた。
「エリーナさん……」
「団長」
──どうするかなんて、悩むまでもない。それは、皆も同じ。
エリーナは、キッと目を見開いた。
「やりましょう。少し癪ですけど、要求に答えましょうか」
「……!!」
団員達の瞳に、一瞬で火が灯る。
気付いたココロは、僅かに目を見開いた。
「まずは二手に分かれましょう。少し考えがあるの、とりあえずドナ達を呼んで──」
「待ちな!」
荒々しく開かれた扉に、皆が振り向いた。マルガレータが焦った様子で、広間に飛び込んでくる。
「オーナー」
「ん……?」
怪訝な顔をするココロには目もくれず、マルガレータはエリーナに駆け寄る。
「二人が行ったロプトリート駅で、謎のジープと兵士が目撃されているのさね。更に、二人は行方不明。大公様が仰っていることは、ほぼ間違いないんだよ」
返そうとしたエリーナを遮り、マルガレータは続ける。
「二人が公国に連れ去られた以上、これは国の問題になる。下手をすれば、争いになってしまうよ。私達は国の一部だ、この件は政府に片付けてもらうしかないさね」
「オーナー!!」
思わず声を荒げたエリーナに、マルガレータは首を横に振った。
「この件は、政府の役目だ。国同士が争えば、最も傷つくのは民なんだよ。分かるだろう?」
射抜くような視線が、口を噤ませる。
「皆も分かったね、動くんじゃないよ」
そう告げると、マルガレータは足早に広間を去ってしまう。
誰も何も口にしないまま、冷たい風が吹き抜けた。
ココロは退屈そうに、ドカッとソファーに腰掛ける。
「……」
アイリは閉じられた扉を、じっと見つめた。
ココロさんの国と、争いたくないってこと?
でも、そのココロの国にヨースラとカリンは連れ去られたのだ。
このまま何も出来ないなんて……。
周りの皆の顔にも、はっきりと不満の色が現れている。
「ルノさん」
もう一度、荒々しく閉じられた扉。
ルノはただ一人、落ち着かない様子で広間を出て行ってしまった。