第313話 諸君
「何!?」
それは一瞬の事だった。
金色の軍服を着た兵士達が、大勢パレスに押しかけていた。
隙間も空けず、一糸乱れず次々と入ってくる。
列を作って廊下を走り、綺麗に足音を揃えて。ピカピカに磨かれた床が、通り過ぎる度に金色の輝きを映す。
全員が、物騒に銃を構えていた。
「ヒィッ」
「ぐ、軍?」
「軍がどうしてここに?」
だが、軍服の胸ポケットに刻まれている紋章は。
「テイクン、じゃないよな……」
「あれは、まさかナーガ?」
銃を突きつけられ、団員達は追い立てられるように広間に集まる。
只事では無い雰囲気に、団員達は固唾を飲む。
「……貴方達はナーガの人かしら。何用ですの?」
代表してエリーナが尋ねるが、彼等は黙ったまま答えない。銃口を一人一人に突きつけたまま、微動だにしなかった。
──バタン!!
そして派手な扉を開ける音と共に、一人の軍服の男がパレスに入って来た。
大きな扉が窮屈に見える程、大柄の男。
目鼻立ちのくっきりした、年齢を感じさせない情熱的な顔。赤い絨毯を歩いていても違和感の無い、人目に慣れている雰囲気を醸し出す。
他の兵士達には無い、ゴツゴツした肩飾りや胸元に飾られたメダル達を、見せびらかすようにのしのしと歩く。
「テイクン帝国、剣の団の諸君」
張りのある、響く声。
呼応するかのように、周りの兵士達も銃を構える腕に力を込める。
「我々はナーガ公国の者だ」
「……ナーガコウコク?」
予測していたのか、隣にいたナエカがアイリに素早く耳打ちする。
「テイクンの隣の国だよ、ナーガ公国」
「え? なんで──」
なんで帝国じゃないのか、と聞き返そうとしたアイリ。だが、そんなアイリに後ろの兵士が銃口を押し付ける。
皆の顔色が変わった。
「このパレスは、我がナーガ公国の軍隊が占拠した。我が命令に従ってもらおう」
「……貴方はどなたですの?」
冷静に尋ねるエリーナに、派手な軍服の男の側に控えていた男が、サッと背筋を正す。
「殿下に名乗らせようなど、なんたる無礼」
「無礼はどっちだよ」
ショウリュウの返しに、銃口が一斉にショウリュウに向けられる。
一触即発の雰囲気の中、派手な軍服の男は肩を叩いて部下を宥め、銃を下ろさせた。
「なかなか利口だ、少年。それに、なんと度胸もある。ならば、この黄金の獅子が示す名を答えてもらおうか」
「……黄金の獅子?」
男の胸元でギラギラと輝く、獅子のメダル。
周りも首を傾げる中、真っ先にその意味を思い出したのはジェイだった。大きく目を見開き、驚きのあまり声も出さない。
エリーナとナエカも気付き、パッと口を手で抑えた。
隣の国で、獅子が象徴となっている人物は。
「──ココロ大公殿下!?」
「えぇ!?」
「ココロ大公!?」
ココロ大公。
軍の総統であり、今のナーガ公国の頂点に立つ君主。
アイリはナエカの説明に、ぱしぱしと瞬きする。
「それって、王様ってこと?」
「……まぁ、そういうこと」
ナーガ公国の王様が、国を離れてわざわざここへ。
皆の反応に満足しながら、ココロは机をバン、と叩く。威嚇するように。
「諸君らにやってもらうことがある、我が命を胸に刻め」
「やってもらうこと、ですか。頼み事をするには、少々過激ではありませんの?」
「何!?」
兵士達が、今度は銃をエリーナに向ける。エリーナは、冷静な目で銃口達を眺めた。
君主相手にも怯まないエリーナに、兵士達も徐々に怖気付く。ココロはただ一人、笑みを浮かべていた。
「ほぉ、なかなかの気骨。だが、諸君らの命運はこちらが握っていることを──」
「命運、やて?」
口を挟んできたジェイに、ココロは僅かに目を見開く。
「何か、おかしな事を申したか?」
「さっきから、ずっと変な事言うてくれとるな。誰が、いつ、ここを占拠したって?」
──次の瞬間。
ゴオオオオ!!
「うわあああ!!」
ある兵士は、吹き荒れる風に吹き飛ばされた。
「ひ、ひいいい!!」
また別の兵士は、突如銃を掴んできた獣の腕に、銃身をポッキリと折られた。
「二連光弾玉!!!」
「ぐはぁ!!」
ある兵士二人組は、顎に強烈な一撃を喰らいのびてしまう。
極め付けは。
「冥地蘇生!」
しゅおおおお。
突如現れた、沢山の亡者達。兵士達の背後にピッタリと張り付き、次々と銃をバキボキと壊していく。
「ぎゃああああ!!」
「ひ、ひいいい!!」
兵士達はすっかり腰を抜かし、銃は全て鉄屑と成り果てた。
ショウリュウが、もう一度札を構えて兵士に突きつける。全員の鋭い目が、兵士達を見据える。気がつけば、命運は逆転していた。
動いたのは、たったの四人だ。他の団員は、静かに座ったまま。四人だけで、状況は変わった。
「あははは!! これが血の力、ここまでとは!!」
ココロは怯える兵士達の真ん中で、大きな笑い声をあげた。
この圧倒的な力、鍛えられた我が軍がここまで手が出ないとは。
そんなココロに、エリーナはソファーから立ち上がり近付く。
「ここまでして、私達に何の用でしたの? やってもらいたい事というのは、私達にしか出来ないのかしら」
「団長」
命令、ならば聞けない。だが、その頼み事には興味がある。
真っ直ぐな言葉で問いかけるエリーナに、ココロはそれまでとは違う、意味深な笑みを浮かべた。
「こちらも、手ぶらで帰るわけにはいかないのだ」
もったいぶった仕草で机を撫でると、団員達を見渡す。
「では、交渉といこう。今、テイクン帝国に潜伏しているであろうジャンクルーズ・グルベールという男を、諸君らの手でナーガ公国に引き渡していただきたい」