第312話 善し悪し
【テイクンシティー 中央通り】
【パレス】
【三階 とある部屋】
「分裂弾?」
「そう、これのこと」
二人だけしかいない部屋。シキが取り出したのは、銀色に光る弾丸だった。血のように真っ赤な塗料で、何か文字が書かれている。
見覚えのある文字だ。ショウリュウはその文字を見つめ、表情を固くした。
「この弾丸で撃たれたんだけど、まだ治らないんだよね」
「……!」
膝の上で眠るクーを撫でながら、シキはあっさりと告げる。
先日の、岬の家での一件だ。
敵と対峙したあの時。グルベールは試してみるか、と弾丸を取り出し、シキに向かって撃った。
撃たれても、シキカイトには自己治癒能力がある。小さな傷なら一瞬で治るほどの。
だが、この弾丸に対してだけは能力が効いていないのだ。今だに僅かな熱を持ち、痛みが治らない。
「あのグルベールって人、この弾丸使った時に、キツネも役に立つって言ってたんだよ」
「キツネ……」
キツネ、その名前は。
マシューの一件で、ヘイズに向かった時にシキが聞いた名前。そう、森の中でシキとヨースラが、聖クメトと戦闘になった時だ。
「坊やはいなかったっけ。聖クメトの偉そうな仮面の男がさ、キツネの情報も役には立たないって言ってたんだよね」
「またキツネ、か」
「この僕はね、思うんだけど──グルベールって人、聖クメトかもしれないんでしょう?」
ここに来て、グルベールと聖クメトを繋ぐ単語が出てきた。
グルベールは、聖クメトの人間が話していた人物の事を知っていたのだ。キツネという、その人物を。
キツネとやらも、恐らく聖クメトの一員なのだろう。キツネの情報を元に、彼等は動いている。
キツネの情報を元に、森で待ち伏せた。キツネの情報を元にこの弾丸を作り、シキカイトに撃ちこんだ。
「この僕の身体のことだから分かる。この弾丸は、シキカイトを徹底的に調べて生まれたんだ」
「──何が言いたい?」
初めて聞いた固く、深い声にシキは笑ってしまいそうになる。
もう、彼は察しているのだろう。探るような表情をするショウリュウに、シキはゆっくりと口を開く。
「分かるでしょ。シキカイトを徹底的に調べようと思ったら、シキカイトの近くにいないと不可能じゃないか。だから、つまり──」
「パレスの人間の中に、キツネがいるって?」
自分から告げようとしたのに、先を越されてしまった。
チクリと胸が痛むが、シキは誤魔化すように、笑顔を作って返す。
「この僕はそう思ってるよ」
「……」
まだ、言葉を飲み込めてないようだ。刺されたかのように、はっきりと顔を歪める。
このパレスに、聖クメトに情報を売った裏切り者がいるのだ。その裏切り者の為に、シキは怪我をした。
──まさか、アイリと初めて会ったあの時も。
「パレスによく出入りしている人なら、誰でも可能性はあるよね」
「どうやって入り込んだ?」
「さぁ、ね。きっとその人、いいも悪いも思ってないと思うよ」
ただ、任務をこなしただけ。命令に従っただけ。まさに、戦場の兵士だ。
「弾丸見てたらさ、何となくそんな感じがして」
「……言いたい事は分かったが」
「ん?」
ショウリュウはそろそろと顔を上げ、こちらを見据えた。
「何で俺に言う?」
「何でって」
「俺がキツネって考えなかったのか?」
パレスの人間には、当然ショウリュウも含まれる。
シキは少し虚をつかれたように目を見開いたが、すぐに表情を戻した。
「だって……坊やは違うでしょ?」
「何故そう言い切れる」
「そんな事をわざわざ口に出して聞いちゃうから、とか?」
肩をすくめてみせると、ショウリュウは分かりやすく顔を真っ赤にした。
「なっ……聞いちゃ悪いかよ!!」
「いやいや、坊やは分かりやすいって話だよ」
思った事はすぐ口に出し、顔に出し、すぐにしかめっ面を見せる。若さ故か。
おまけに、生真面目で頑固ときた。パレスに潜むキツネの印象とは、あまりにも合わない。
「坊やって、みんなの中で一番スパイに向いてないんじゃない?」
「だから話したっつーのかよ」
馬鹿にされたと思ったのか。
不服そうにふてくされるショウリュウに、シキはクスクスと笑いだす。
「何事も善し悪しなんだよ、坊や」
「悪いんじゃねーかよ!!」
やっぱり馬鹿にしてる、とカンカンになって怒るショウリュウ。そんな彼の様子が面白く、ますます笑ってしまう。
勿論、彼に話した理由はそれだけではない。
「みんな優しいからさ。団員の中に裏切り者がいるかもしれないって聞いて、いつもどーりしかめっ面してるの、坊やくらいなんじゃないかって思って」
「……結局、薄情だって言いたいんだろ」
苦虫を噛み潰したような表情をするショウリュウに、シキは微笑みかけた。
「何事も善し悪しだって、言ったでしょ」
シキがそう返した──次の瞬間。
ドルルゥウウン!!!!
「!?」
「何だ!?」
窓の外から、硝子を突き抜けて大きな音が聞こえてきた。
ドルルゥウウン!!
「おい、何の音だ?」
「車かな……?」
二人揃って、窓から外を確認する。
黒いジープが何台も、パレスに押し寄せていたのだった。