第311話 待機
【テイクン帝国 中央部】
【ロプトリート駅】
「──ふぅ、あっさりでしたね」
「折角、電車に乗って来たのに〜。ウフッ」
目の前でさらさらと流れていく、砂の如き残骸。ヨースラは手についた残骸を、パンパンとはたいて払う。いつもの通り、これで任務は完了だ。
「珍しいですね、駅に出たなんて」
「でも、これでみんな駅に入って来れるよね〜」
「すぐに、駅長さんに連絡入れます」
カリンは安堵したのか、大きく伸びをした。
「電車まで時間あるからぁ〜、何か買っちゃおうかな〜。ウフッ」
「え?」
「あ、そうだ!」
何か思いついたようだ。カリンははしゃいでくるりと回り、ヨースラの方を向く。
「近くにお菓子のお店あったよね、行っちゃおっかな〜! ウフッ」
「えー! ちゃんと帰って来てくださいよ?」
「だいじょ〜ぶ、ヨーちゃんの分も買ってくるからね、待ってて〜!」
カリンは満開の笑顔で手を振りながら、元気に行ってしまった。
──ビスケットケーキのお店だったかな。
小麦のビスケットと、バタークリームが重なったお菓子。
有名なお店だが、この状況では流石に空いているだろう。いや、下手をすれば店員が不在かもしれない。
ならばすぐに帰ってくるだろう、とヨースラは近くの壁にもたれかかった。
そして、ポケットから通信機を取り出す。手に取るのは、随分久しぶりだ。ジェイがいると、どうにも存在を忘れてしまう。
番号を押すと、相手はすぐに出た。
「もしもし、ルノさん?」
『──もしもし』
聞こえてきた相変わらずの固い声に、ヨースラは思わず苦笑する。
「こっち終わりましたよ、次の電車で帰ります」
『分かった』
「そっちはどうでしたか?」
『待機』
知ってるだろ、と言わんばかりだ。待機組にされて、少々苛立っているらしい。
勿論、知っているからルノに電話をかけた。ヨースラはルノの表情を想像し、クスクスと笑いだす。
「ルノさん、昨日ちゃんと寝ました?」
──沈黙。やはり、図星だったようだ。
昨日だけではない。どうも最近は、朝から疲れを見せている気がする。
「眠れないんですか?……怪我も治ってないんだから、ちゃんと休まないと」
恐らく今、通信機から目を逸らしてすっとぼけているだろう。
──こういうところは、分かりやすいんだけど。
「じゃ、すぐ帰りますから」
通信機の電源を切る。
そのままぼんやりと待っていたのだが、一向にカリンの姿が見えてこない。
「……遅いな」
もしかして、何かあったのだろうか。
気になり、ヨースラもカリンを探して店へ向かった。向かう道中でも、カリンの姿は無い。
「カリンちゃん?」
駅を出てすぐの角にあるそのお店は、可愛らしく黄色い花が飾られていた。黄色い看板と同じ色。
お店のすぐそばに、大きな四角いジープが停車していた。お店の雰囲気と似合わない真っ黒な車に、ヨースラは目を止める。
随分と物々しい。
心臓が、不自然に音を鳴らす。ヨースラはグッとお店の扉のノブを掴むと、一気に扉を開けた。
「……!!」
扉を開くと、狭い店の中には店主も店員も居なかった。
同じ金色の軍服をまとった、怪しい者達。何名かは、銃を構えている。
そして、その奥でぐったりと目を閉じているカリン。一人の兵士に担がれ、だらんと垂れた腕がゆっくりと揺れている。
「カリンちゃん!!」
思わず叫ぶと、兵士達全員がこちらに気付き、銃を構える。銃口が、ヨースラに向かって並ぶ。
その中の一人が、前に進みでた。
「テイクン帝国、剣の団の団員だな? 大人しく──」
全てを言い切る前に、ヨースラの体が動いていた。
「シッ!」
華麗に足技を決め、先頭の男の顎を砕く。すかさず横回転の足蹴りで、背後にいた兵士の銃を蹴り飛ばす。
更に別の兵士の足元に潜り込み、下からナイフを振り上げ、銃身を切ってしまう。
驚いて腰がひけていた男の腹に、膝蹴りを喰らわす。
──本能だ。
この狭い店内では、当てようとしても別の兵士に命中する恐れがある。あまりにも素早く動き回るヨースラに、兵士は引き金を引くのを躊躇していた。
「このっ……」
──カチャ。
カリンのこめかみに銃口が突きつけられ、気付いたヨースラの動きが一瞬止まる。
男は、その隙を見逃さなかった。真っ直ぐ振り下ろされた、鉄の塊。
頭に強い衝撃を受け、ヨースラは気を失った。