第310話 車
【テイクン帝国 中央部】
【ロプトリート駅】
カンカンカンカン!!
敵襲を告げる鐘が、けたたましく鳴り続けていた。首都の駅、ベカルミングストーン駅の隣の駅。
中央に近く、賑わいを見せるこの駅は、今はがらんとして無人の駅になっている。
たった二人を除いて。
「逃げるなぁ〜〜!!」
カリンは、煉瓦造りの構内を跳ねるように走っていた。
目の前には、動く岩の集合体。
「ボォウ、ボボウォウ!!」
龍のような姿をかたどったそれは、壁にぶつかりながら、狭い構内を強引に進んでいく。
その顔は、まるで人面岩。関節となって一つ一つ繋がった岩は、それぞれ回転して歯車となる。
ぶつかられた駅の掲示板が、派手に音を立てて崩れた。衝撃で額縁が外れ、虚しく転がっていく。
「ボワォウ!」
「……へぇ、どうやって動いているんでしょう。不思議ですね」
突き進む見えざる者の目の前には、先回りしていたヨースラの姿があった。
カチン、と軽い音を立ててナイフを構える。
見えざる者もヨースラに気付き、動きを激しくした。威嚇するように、二本足で立ち上がる。
「ボボワァウ!!」
「ふっ!」
ヨースラは勢いよくスライディングをすると、見えざる者の懐に潜り込む。
石の竜の尻尾をガッと掴み、尻尾にしがみつく。
「ボボワァウ!?」
尻尾がおかしな方向に曲がり、見えざる者は暴れだす。
ヨースラはナイフの持ち方を回して変え、柄の部分を岩に向けると、ハンマーのように思い切り叩きつけた。
ガキィン!!
見えざる者が叫ぶ間も無く、尻尾が身体から切り離された。
崩れていく身体。バランスを崩し、竜は哀れにも地面に倒れ込む。
衝撃で歯車が外れ、宙に舞っていく。そんな歯車を掴む、細い手。
「いっちゃええええ!!!!」
カリンは竜に向かって、真っ直ぐ腕を振り下ろしたのだった。
【同時刻】
【テイクンシティー カイロ通り】
その日、街は小さな騒ぎになっていた。
「何あれ?」
「何だ何だ、物騒だなぁ……」
「何かあったの?」
「軍かのぅ、あんな車じゃなかったがねぇ……」
通りの真ん中を、いくつもの同じ車が駆け抜けていた。
かなり大きな車だ。ピカピカに黒光りしている、四角いジープ。何台も列を成して、堂々と通りを通り抜けていく。
この街では、スクーターですら珍しい。車はほとんど通らない上に、真っ黒な車はこの街の雰囲気にそぐわない。
通りの皆の注目を、ひたすら集めながら進む。
その車には、ゴールドの色で大きな紋章が描かれていた。
それは、隣国の紋章だった。
車内では、金色の軍服に身を包んだ者達が銃を構えて座っていた。
まだ若い者達ばかりだ。横一列に座り、ギラギラした目でまばたきすらしない。
車が角を曲がった途端、唯一軍服を着ていない男が席から立ち上がる。そして、拳を胸に強く当てた。
「アン・ドゥ・ナーガ!!」
力強い声。
声に応え、兵士達も一斉に立ち上がる。
「アン・ドゥ・ナーガ!!」
「アン・ドゥ・ナーガ!!」
「ナーガの子供達よ、そろそろ着くそうだぞ」
男の言葉に、若者達の目が覚悟で満ちていく。とある若者は、ガチャッと音を立てて銃を構え直す。
──いい目だ。まぁ、我の兵士ならば当然のこと。
満足そうに頷く男に、彼の隣に座るスキンヘッドの男は目を泳がせた。彼の手は、すっかり皺が入ってしまっている。
男は軽く合図をして、兵士達を座らせた。
「別部隊はどうしている?」
「──先程、無事に目的地点に到着したとの連絡がありました。予定通り、任務を遂行します」
「姿は見られているか?」
「いえ、何やら騒ぎが起きたようで、民は皆出払っていたようです」
「何もかも予定通り、か」
「任務完了次第、速やかに報告させます」
当然だ。
男はスキンヘッドの男にそう告げると、兵士達を一人一人見回す。
「別部隊は上手くやるに決まっている。我々もだ、そうだろう?」
──我々は、ナーガの子なのだから。
男の言葉に、兵士達はまたも立ち上がった。
「アン・ドゥ・ナーガ!!」
「アン・ドゥ・ナーガ!!」
ナーガに乾杯。
「別部隊から報告が入ったら、すぐに制圧する。準備せよ、よいな」