第309話 背中
【パレス 玄関】
「シキ!!」
ようやく帰って来た。角を曲がって目に入って来た、エリーナ、シキ、ルノ、ショウリュウの姿。
アイリははやる気持ちを抑え、大急ぎで駆けつける。
真っ先にシキがこちらに気付き、爽やかな笑顔で手を振ってきた──のだが。
「シキ……大丈夫!?」
どこから心配すれば良いのだろう。
シキは、ショウリュウの生み出す風に乗っていた。歩けないのか。
更に、その身体にはいまだに派手に巻かれた包帯。アイリはギョッと、満身創痍のその身体を見つめる。
「迎えに来てくれるなんて、姫は心まで美しいね」
「いや、美しいはいいけど」
狼狽えるアイリの目の前で、かたまりの風からスタッと優雅に降りてみせる。
「平気なの?」
「ご覧の通りさ」
不敵に微笑み、キザに軽く腕を広げてみせた。
「何が平気だ、じゃあ歩いて帰れよ」
「坊やって、空気読めないとか言われない?」
「うるせーな。あんたが全然起きないから、遅くなったんだろ」
いつもの通りの言い合いだが、アイリは余計に不安になる。
──平気は嘘ってこと?
どうしたのかと、近くにいるルノに視線を送るが、相変わらずの無表情だ。
二人が揉めている間に、他の団員達も皆やって来た。
「団長!」
「エリーナさ〜ん!」
「みんな、ただいま。そっちは大丈夫だったの?」
「そっちはって……」
全員の視線が、包帯だらけのシキに注がれる。
シキは笑みを見せて立ってはいたが、さりげなくかたまりの風にもたれていた。足もふらついているようだ。
気付いたジェイは、口元を引き締める。
「……軽く事情は聞いたけど、思ったよりヤバい事態やったみたいやな」
「誰か、追加で行くべきでしたか?」
「ほんっとに大丈夫なのかよ?」
怪我の具合を確かめようと近付くレオナルドとナエカを、シキは避けて誤魔化す。
「ナエちゃんも、大丈夫だって」
「ここ、まだ赤い──あれ?」
その時、ナエカが何かに気付き動きを止める。
「どうしたよ、ナエカ」
「シキくん、背中どうしたの?」
「背中?」
ほんの一瞬、背中の影が動いた気がした。背中がいつもより、膨らんでいるような。
ナエカが指摘すると、エリーナもショウリュウも、苦笑いを浮かべた。
ジェイも気付いたらしく、目をパチクリさせる。
「──ホンマや、何かおるな」
ゴソゴソと、何やら動いている存在。
アイリは恐る恐るシキの背中に近付き、ちょん、と指で突いてみる。
「姫、ちょっとそれは」
背中の動きが、より激しくなった。ボコボコと、背中が出っ張る。シキは慌てて、パッと後ろに退がった。
「ほええ」
「なあに、何かいるのぉ?」
困惑する皆に、エリーナはどう切り出そうかと悩む。
「あのね、その……帰って来たの、私達だけじゃないのよ」
「え?」
──次の瞬間。
「キュッ!」
「ほえ?」
「──ん?」
「え〜!?」
「なああ!!」
シキの背中から、顔だけひょこっと出した存在。
「ちゃあ!! うそぉ、かわいぃ〜!」
高く響く、カリンの黄色い声。その存在を、一同は二度見──いや、三度見した。
「キュキュッ!」
小さな、紫色の毛をした可愛らしいイタチ。その瞳には、淡い黄色が浮き出ている。
「可愛い」
アイリが目をキラキラさせて顎を撫でると、イタチも尻尾を振って喜ぶ。尻尾が随分と立派だ。
「運んでる間ずっと、背中にくっついたまま離れなくてよ」
ショウリュウがそう告げながらクーに近付くと、クーはタイミングよくくしゃみする。
「チュン」
「おい」
「美しい、やっぱりルーイは人を見る目があるね。分かるんだ?」
「何の話だ!!」
そんなショウリュウの怒号を他所に、ヨースラがそっとイタチに触れる。
「そうか。エリーナさん、もしかしてこの子が例の──」
「そうよ、名前はクー。この子、団で引き取る事になったから」
「ええええ!?」
皆の絶叫が重なった。
前例に無い、見えざる者を飲み込んだイタチ。
血が混じった身体がどうなっていくのか、分からない。今後の安全の為にも、クーの生命の為にも、自分達がそばにいた方がいい。
エリーナの判断だった。
「というわけだから、みんなよろしくね」
皆が困惑した様子で、クーを見つめる。
当の本人は、シキの肩の上に乗ってすっかりご機嫌だ。
シキは顔に擦り寄ってきたクーに、笑顔を向けたのだった。
age 21 is over.
次回予告!
「アン・ドゥ・ナーガ!!」
「我が命令に従ってもらおう」
「グルベールって、あのグルベール?」
「最初から狙われていた、ということですか……」
「国同士が争えば、最も傷つくのは民なんだよ。分かるだろう?」
次回、age 22!
公国へようこそ!
『軍事司令部より、緊急命令である。軍から二名、捕縛者が脱走した!』
お楽しみに!