第30話 果実
【8年前】
【リジュの里近くの森】
「ひーとーつーみー」
アイリは必死に背伸びをして、高く手を伸ばす。上に上に、届くように。
目の前にはナナボタの木。緑の鮮やかな葉をつけるこの木には、オレンジ色のいくつもの実がなっている。
丸々と太り、てかてかと光るオレンジ。
果実は陽に照らされ、ピカピカと光りなんとも美味しそうだ。
「ふーたーつーみー」
だが、小さなアイリでは、どれだけ腕を伸ばしても届かない。手がたまに実に触れるが、指先がチョンと軽く触れるだけで、実を採ることは叶わない。
足はプルプルと震え出し、体全体もぐらぐらと揺れる。揺れるのは体だけではない、枝も。
「ん〜〜」
やはり、上手く採れない。
アイリは虚しく背伸びをするのを諦め、チラッと隣の木に目を向けた。
隣の木はナナボタではないが、かなり低い位置にいくつも太い枝があった。風が吹き抜けていても、揺れもしない。
それを確認すると、アイリは何か思い付いたかのように目をキラキラさせる。
──よおし、いっちゃえ!
「せぇの!」
タン!!
アイリは隣の木の枝に向かってジャンプし、枝にしっかりとしがみつく。そこから枝から枝によじのぼり、スルスルと器用に木を登っていく。
そして枝を握る手をズラしては持ち替え、ズラしては持ち替え、ナナボタの木に近づいた。
そうやって近づけるギリギリまで近づくと、身を乗り出して手を伸ばす。
──今度こそ。
「ん〜!!」
指先に実が触れる。
もう一度、今度はきちんと掴んだ。ほとんどむしりとるように枝から実を切り離す。
指に挟まれてキラキラ光るその実に、アイリは顔を輝かせる。しかし、ふと我に返り辺りを見渡した。
そうだ、どうやっておりよう。
下を見下ろすと、地面までなかなかの高さ。少し怖気づいたが、すぐに思い直す。
──まぁ、いいか。アイリはできるもん。
意を決すると、片手で枝にぶらさがりながら体を揺らし始める。
「ぶーらん、ぶーらん」
重みと衝撃で、枝がギシギシと鳴った。枝の揺れが体を大きく揺らす度に、どんどん勢いが増す。
ここだ、アイリは思い切ってその手を離した。
体がフワッと宙を舞う。
ドンッと大きな衝撃と共に、アイリは地上に降り立つ。
「んー」
バランスがとれず、地面に手をついてしまった。小石が手のひらに食い込み、アイリは少ししょぼんとしてしまう。
もう一つの手にはピカピカ光る実。潰れてしまったかと不安だったが、幸いにも実は美しい形を保っていた。
実をじっくりと眺め、アイリは機嫌を戻す。
皮をめくってみると、皮よりは少し赤みがかった実の中身がのぞいた。果肉はプリッとしてぎっしりつまっている。
おいしそうだ、と一房だけポイッと口に放り込む。
甘酸っぱい香りが口いっぱいに広がる──筈だったのだが。
「すっぱーーい!!」
思いの外酸味のある味に、アイリは目を白黒させた。どうやらこの実は、まだ食べごろではなかったらしい。
目から少し、涙が出てきた。
「アイリ」
聞き慣れた声。目を白黒させながら振り返ると、兄のブライアンが苦笑混じりの顔で駆け寄ってくる。
とんがった靴が歩きにくそうで、少し危ない。石がゴロゴロしているのに。
兄はアイリが手にするナナボタの実に目をつけ、手元をのぞきこむ。
「こんなとこにいたのか。それ、まだ熟してないだろ」
「すっぱかった……」
まだ目を白黒させて涙目のままのアイリに、ブライアンはアハハ、と笑う。
「里で桃を干してただろ、里に戻らないの?」
早く戻ろうと言うブライアンに、アイリはサッと表情を曇らせた。
それに気付いたブライアンは、僅かに首をかしげる。
「ん?」
「……みんな、ずっとお話ししてるんだもん。こわいんだもん。アイリ、帰りたくない」
絞り出したアイリの言葉に、ブライアンはスッと笑顔を消した。
「──そっか」
そうだよな、あれは怖いよな。
ブライアンはアイリの目の前で座り込むと、里の方向にチラッと視線を向けた。流石に遠く、里は見えない。しかし、この頃里の様子はおかしいのだ。
兄に倣ってか、アイリもそろそろと隣に腰をおろす。
ブライアンは、隣に来たアイリに笑顔を向けた。
「じゃあ、どうする? もうちょっと遊んでいくか?」
「ううん」
アイリは笑顔で立ち上がる。手のひらについた砂をらパンパンと手で払った。
「おまいりするの、お石のところ!」




