第308話 切実
「……」
部屋で寝かされているシキの周りに、皆が集まっていた。
重い空気が場を包み、誰も口を開かない。そよとそよと吹く風に、カーテンがなびくその音が聞こえる。
周りを囲んでいる動物達も、心配そうにシキの顔を覗きこむ。新入りの顔を。
こんこんと眠っているシキは、今だに目を覚ます気配が無い。動物達に、鼻先で触れられても。
腕に巻かれている包帯は、既に一度交換されていた。
「キュ……」
シキから少し離れた扉の影で、クーは一匹隠れていた。
しょんぼりと顔を伏せ、シキの方を見ようとしない。尻尾が、力無くだらんと下がったまま。今の瞳の色は、淡い黄色に落ち着いていた。
エリーナはふとそんなクーの様子に気付き、声をかける。
「ほら、そんな所にいないで、こっちにいらっしゃい」
促すと、躊躇っていたがそろそろと部屋の中に入り、シキの近くにやってきた。
ちょこんと、エリーナの隣に腰をおろす。
「いい子ね」
「キュ」
何が起こったのか、何をしたのか、身に覚えがあるのだろう。クーは項垂れて、すっかり気落ちしてしまっている。
テフィも、ルノもショウリュウも、シキを目の前に表情を暗くしたままだ。
「本当にごめんなさい、皆さん。シキさんにこんな怪我をさせて」
「別に、あんたのせいじゃ──」
「ショウリュウ」
とっさに否定しようとしたショウリュウだが、ルノが強く制止した。
依頼主を、あんたと呼ぶんじゃない。
その鋭い目つきだけで、言いたいことは伝わる。ショウリュウは慌てて口を噤むと、咳払いをして誤魔化す。
「いや、あの、テフィさんのせいではない……ですよ」
「え?」
「俺達が遅かった、えっと……せいなので」
慣れない敬語に、もごもごとまごつく。そんなショウリュウに、そんなことないです、とテフィは首を横に振った。
だが、ショウリュウは続ける。
「そこで眠ってる奴も、仕事しただけだから。イタチは操られてたし」
「いぇ、怪我をさせたのはうちのクーです」
二人が駆けつけなかったら、もっと酷い事態になっていたかもしれない。
「おかげで、クーもみんなも無事だったんです。ありがとうございます」
その言葉に、ショウリュウとルノの表情も少し緩む。だが、すぐに顔を曇らせてしまう。
──グルベールに加え、喋れる見えざる者とは。
あの状況を切り抜けたのは、幸運と言っていいだろう。グルベールは、本気でクーを見えざる者の仲間にしようとしていた。
グルベールに加え、恐らく幹部級らしき見えざる者まで。
二人だけで、どうこうなる依頼ではなかった。最悪の事態を考えてしまう。
「クーは、もう大丈夫なのでしょうか?」
大きくなって苦しむ事は、もう無いのでしょうか。
それは、切実な質問だった。エリーナは悩みながらも、口を開く。
確かに、一度は見えざる者の血を操り、覚醒してみせた。それでも。
「……分かりませんわ。見えざる者を飲み込んで、元気でいるのが信じられないくらいですもの」
「聞いたことも無いしな」
「混ざった血がどうなるのか、私達にも分かりません」
身体への影響が心配だ。どう考えても、楽観的な予測は出来なかった。
長年寄り添ったテフィの前で、誤魔化してはいけない。
「そんな……」
「初めての事です。とにかく、剣の団としてやることはしますわ」
そんな会話をしているとも知らず、クーはパチパチとまだたきをしてこちらの様子を窺う。
その瞳にはまだ、黄色い色がぞわりと浮き出していた。体に染みついた、見えざる者の血。
軽く撫でてやると、気持ちよさそうにその目をキュッと閉じる。
「胸を張っていいのよ。あなたが血の力を自分のものにしたから、彼等は去っていったのだから」
これからは、怪しい物を口にしてはダメよ。
「キュッ」
クーは首を傾け、エリーナに甘える。
エリーナはもう一度クーを撫でてやると、スッと顔を起こした。
クーに向けた柔らかな微笑みが、真っ直ぐな真剣そのものの顔へ。
「テフィさん」
「は、はい!」
「ひとつ、私から提案があるのですけれど」