第307話 撫で方
淡くピンク色に輝く、クーの瞳。
後ろに動物達を従え、堂々と前を見据え四本足で立つ。
「クー、まさか貴方……」
先程の様に、巨大化してはいない。
だが、更に姿を変えていた。二本だった尻尾は大きく四本に分かれ、しなやかに揺れる。
全身がオーラに包まれ、もやに映し出されているかのよう。
「キイイイイイ!!」
ずっと、こちらに向けられていた咆哮。今度は、グルベールとマンキャストに向けられている。
精悍な瞳が彼等を見据えていた。
「これは……」
グルベールはもう一度指を鳴らすが、やはり術はもう通用しない。今度は反応すらみせない。
「受け入れたのか!」
マンキャストが、興奮気味に叫ぶ。
「眷属の血を、体がついに受け入れたようですなぁ! 血の力がしみるぅ、しみるぅ! ギギ」
「喜んでいる場合か、うつけが」
呆れるグルベールに、マンキャストは子供のようにはしゃぎながら、グルベールにすがりつく。
「ですがグルベールさま、これでこの眷属は真の力を手に入れまぁしたぞ。ギギ」
これで真に眷属となったのだ。ただの動物が眷属の血を受け、完全なる眷属となった。
「これでもう、我らが兄弟。血の力も扱えますぞぉ!」
「何ですって?」
エリーナは、驚いて声を上げた。
喜ぶマンキャストの頭を、グルベールは強引に鷲掴みにする。
「覚醒する前に取り戻す計画であっただろう、マンキャスト。覚醒されて意志を取り戻されては、連れて行くのも厄介だ」
「ギギ、ギギ」
先に覚醒されてしまった。眉間に皺を寄せ、苛立ちを隠せない。
無理やり息を吐き出し、落ち着きを取り戻す。
「この出会いの場で、能力を確認するというのも悪くはないか」
見せてみよ、それでこそ我等の眷属。
威嚇を続けるクーに、グルベールはすっと手のひらを差しだす。挑発しているようだ。
「キイイイ……」
クーに通じたのかどうか。
ギリギリと歯ぎしりしながら、足の爪で地面を引っ掻く。
エリーナは軽く宙をジャンプすると、クーの前に降り立った。
「クー、退がって」
だがクーは、嫌だと言わんばかりに目を逸らす。そして向こう側のグルベールに向かって、鋭い視線をぶつける。
四本に分かれた尻尾を、パシッと地面に叩く。
「さぁ、早く」
グルベールのギラギラした視線が、ねちっこく絡みつく。
次の瞬間。
「キイイイイイ!!」
クーは、地面を勢いよく蹴り出しグルベールに向かって行く。エリーナを振り切って。
「クー!!」
「キイイイ、キイイイイ!!」
小さな体を懸命に伸ばし、弧を描き大きくジャンプする。もっと前に、もっと高く。
鮮やかに光るピンク色の瞳。口からしゅうしゅうと漏れる息。
そして。
ざららららら。
四本の尻尾が、麗しく地面を撫でた。長く地面を離れない、艶やかなじっとりした撫で方。
まるで、筆で線をなぞるかのよう。
「……うん?」
「え?」
「おや?」
ようやく尻尾が地面を離れた時、グルベールもエリーナもマンキャストも、驚いて目を凝らした。
虹だ。
七色には足りない、六色の虹。絵の具で描かれたような、絵心溢れる虹ではない。
空を鏡で写したような、正確な虹だ。尻尾がなぞった跡を、鮮やかに彩っている。
野原に虹がかかった。
「え……?」
ざららららら。
もう一度、尻尾を振る。
今度は、地面を飛ぶ蝶だ。青い羽根をした美しい蝶の群れが、ひしめき合い列をなす。
虹の上に、麗しい蝶が重なっていく。ここは、空の上なのか。
「キュッ!」
クーは、どうだ思い知ったか、と言わんばかりに胸を張る。
「な、な、な……」
マンキャストは驚愕のあまり、機械の電子盤を壊してしまったようで、慌てて機械にしがみつく。
「まさか、これがクーの能力……?」
自信満々だったクーも、周りのおかしな反応にようやく気付いたらしい。
キョロキョロと、落ち着かずに皆の様子を窺う。
「……」
「……」
奇妙な沈黙が辺りを包む。
これが、眷属の力。これだけ。
「……なんと、つまらぬ」
沈黙を破った冷え冷えとした声に、動物達が縮み上がる。
グルベールは、草を踏みつぶしながらゆっくりと歩みを進めた。
全身から、カラメルの波動が湧き上がってくる。
「新たなる眷属だと聞き、こうしてわざわざ出迎えに来たものを」
このグルベールが。このグルベールがわざわざ心を向け、足を運んだというのに。
グルベールの怒りに応えたのか、シミが地面から湧き出し、もう一度流動体へと姿を変えていく。
すぐ近くには、クーも動物達も、そしてシキもいるのだ。
「たかが、そのような能力とは」
何の力にもなりはしない。
そう吐き捨てるグルベールに、エリーナは気丈にも軽く微笑む。
「そうかしら、考え方次第ではありませんの?」
──立派な能力ですわ。
煽っていると感じたのか、グルベールの眉間にはっきりと皺が寄る。
「いまいましい、ここで全員片付けてくれよう」
グルベールは、今度は手を高く掲げる。
「このグルベールを愚弄した罪よ」
流動体は広がる速度を増して、どんどんこちらに絡みつく。動物達も、もがいて騒ぎだす。
だがエリーナは、微動だにせずしっかりと顔を上げた。
余裕たっぷりの表情で。
「……!!」
次の瞬間。
ドシュッ、ドシュッ!!
黒き美しい光線が、何本も野原に降り注いだ。
光線に触れた流動体は、力無く蒸発していく。
「な、なにものぉ? ギギ」
振り返ろうとしたマンキャストの機械を、光線が貫いた。
「あああ、あああ!! なぁんてことをしてくれたんだぁ!! ギギ」
小爆発をいくつも起こし始めた機械。
グルベールは、驚いて振り返った。
「エリーナ、遅くなった」
そこにいたのはルノと、疲れた様子のショウリュウだった。
「ルノ、ショウリュウ」
「……」
グルベールは二人をまじまじと見つめると、いきなり背を向けた。
そのままカラメルの波動の中に溶け込み、消えていく。
「あ、おい!!」
「えええ!? グルベールさまぁ、置いてかないで。ギギ」
後を追うように、マンキャストもカラメルの波動に飛び込む。そのまま溶けるように消えてしまった。
ルノが追いかけようとしたが、波動は最早跡形もなく。
残されたのはエリーナと、倒れて意識を失った様子のシキ。
そして、そんな二人に寄り添う沢山の動物達だった。
駆けつけた二人は、困惑し目を見合わせる。
「どういう状況なんだ、これは」