第305話 突進
「グルルルルル!!」
全力でイタチに突進する、白き獣。
巨大な体はバランスを崩し、大きな地響きと共に地面に倒れ込む。
変身する力の反動で、流動体を振り切ったようだ。
クーを巻き込み、もんどりうつように転がる。ぶつかった衝撃で、マンキャストの銃がぽっきりと折れた。
「なああああ!! な、なああんと!!」
「まだ抗うとは」
グルベールがもう一度、艶やかに手を伸ばす。
どるるるん。流れる流動体が速やかに集まり、大きな塊となって飛んでくる。
白き獣はとっさに倒れている柵を後ろ足で蹴り上げ、見事にぶつけて防いだ。
間髪入れず、自身よりも遥かに大きくなったクーに飛びかかる。
「シキカイト……」
ほとんど限界だった筈。
気力だけだ。気力だけで立ち上がる後輩に、エリーナは悔しさを滲ませる。
団長である自分が、後輩に意思で負けてどうする。こんな術に捕まっている場合ではない。
──血の力は、心で動かす。
「ふぅ……」
エリーナは呼吸を整え、ひたすら意識を集中させた。
僅かに動く指先が、地面に触れる。全身にみなぎる力。
「神技!! 解!!」
エリーナの身体が、勢いよく地面に沈む。
彼等を撒く為に沈んだ時より、遥かに早く。その勢いで、流動体は速やかに彼女から剥がれていった。
「何!?」
魔法のように消えたエリーナ。
キョロキョロと目を泳がす、グルベールの背後。エリーナは、華麗に地上へ舞い上がった。
「フッ!!」
横回転の強烈な蹴り。
空中に浮いていたグルベールは、交わそうととっさに身体を反らす。靴先が頰をかすめた。
そしてバランスを崩して落下し、地面に片手をつく。
「なああんと!! グルベールさまぁ!!」
「くっ……」
集中を邪魔されたからだ。地面から湧き出ていた流動体は、サラサラと流れ消えていく。
口調とは裏腹に、マンキャストは愉快そうにニマニマと笑う。グルベールが攻撃されているというのに。
エリーナはそれを横目で確認すると、マンキャストの機械の体に片足で着地した。
「こ、これはぁ!!」
鈍くなった機械を動かそうとむなしくもがくが、うんともすんとも動かない。
ピキピキビキ。
重みで金属が砕け、速やかにヒビが走っていく。
「これ以上好きにはさせませんわ。約束しましたのよ、私」
グルベールはあからさまにギリギリと歯ぎしりすると、パチンと指を鳴らす。
「キィイイイイイ!!」
イタチの瞳が、カッと開かれた。
黄色に染まりきった瞳が、ギョロッと怪しく動きシキカイトを見下ろす。
膨らんだ腕で柵を乱暴にガッと掴み、地面から引き抜くと岬の家の方向へ放り投げた。
真っ直ぐに、正確に。
「グルルルル!!」
ガガン!!
シキカイトが飛んでくる柵に体当たりをして、それを防ぐ。
風を切った瞬間。
クーの腕がシキカイトを身体ごとむんずと掴み、乱暴に振り上げると一気に地面に叩きつけた。
「キイイイイイ!!」
「ギャン!!」
鋭く伸びる爪が、シキカイトの肩に深く突き刺さる。
エリーナが声を上げる隙間もないまま、その身体はもう一度地面に叩きつけられた。
「キイイイイイ!!」
そのまま太い足で蹴り飛ばされ、積んであった樽にぶつかり倒れてしまう。
「シキカイト!!」
あえなく光に包まれ、シキカイトからシキへと姿を戻す。
ビリビリと震える全身。痛みからか、ゴホゴホと息もつけない程咳き込む。
クーは興奮しきった様子で、ダンダンと強く足踏みする。見せつけているかのように。
なんという力。これでもう、我々の邪魔は出来まい。
グルベールはにんまりと笑みを浮かべ、彼を見下ろす。
「眷属よ。折角なのだ、きちんと後始末してから行くとしよう」
グルベールがチラッとクーに目配せし、もう一度指を鳴らして合図しようとした瞬間。
「……!」
ふと何かに気付き、グルベールは動きを止めた。
長い服の裾が、後ろに引っ張られている。
「おや?」
振り返ると、そこにいたのはブタだった。
ブタがしっかりと服の裾を咥え、クイクイと引っ張り離さない。
「ブヒッ」
「な、なんだと!?」
それだけではない。
ドドドドド。
「ワォーン!」
「バウ!」
「メェ〜!」
遠くから様々な動物達がかけつけ、ギャンギャンと鳴き声を重ねていく。
避難していた場所から、飛び出してきたのか。我先にと次々と現れる、岬の家の動物達。
「グルベールさまぁ!」
「キャンキャン!!」
「ブハッ、ボハッ!!」
マンキャストにも群がる、動物達。これでもかと機械に乗ろうとして、マンキャストはタジタジだ。
エリーナの元にも、おしゃべりな羊がやって来て何やら話しかけようとしてくる。
「みんな……」
動物達は倒れたシキを後ろに庇うように、一斉に背中を向けて並んだ。
そして、遥かに大きくなったクーの前に立ちはだかった。