第304話 呼び水
ダダダ、ダァン!!
派手な音と共に、柵が吹き飛ばされた。
「やってくれましたな、団長様」
「だまされたなぁ、だまされたなぁ! ギギ」
鈍く進む機械が、草を荒らす。通り過ぎる冷気に、草が凍りつく。彼の怒りに応えているのだ。
長いマントが、砂に擦れてじゃりじゃりと音を鳴らす。
その横でマンキャストが乱暴に振り回す銃が、やみくもに弾丸を連発する。
エリーナは怯む事なく、彼等を真っ直ぐ見据えた。
「あれほど無駄で、愚かな時間はありませんでしたぞ。草原に行ってみれば、なんと広い。ただ虚しく、足を使っただけでしたな」
しばらくは探したが、イタチはおろか、人の気配すらない。
そこでようやく、エリーナの仕業と気付いて引き返してきた。
「あら、それはお気の毒でしたわね。さぞお疲れでしょう」
「うるさぁい、我が兄弟を出しなさぁい! ギギ」
砲弾が、エリーナのすぐ側で派手に爆発する。焼け焦げた跡にも、エリーナは表情一つ変えない。
グルベールはある事に気付き、首を傾げた。
「おや、もう一人はどちらにいらっしゃいますかな。あの白い」
「さぁ、どこでしょうね」
「やられたぞ、やられた ギギ」
毅然と返すエリーナに、マンキャストは苛立ったのか、ガンガンと銃を身体にぶつけた。
「少なくとも、もうここにはいませんわ」
「おや、おかしな事を」
グルベールはにまにまと、エリーナの言葉を笑い飛ばす。
あの怪我だ、そう簡単に身動きがとれる筈がない。エリーナがここから連れ出していれば話は別だが、彼女がここにいるということは。
恐らく、あの青年はこの家に残っている筈だ。そして、探し求めている我等の眷属も。
「我等が眷属を連れて来てくだされば、この屋敷には手を出さない事にしましょう。いかがですかな?」
「私も眷属よ、駄目かしら」
「これはこれは、冗談がお好きなようで」
──これが、団長の覚悟。このままでは埒があかない。
グルベールはマンキャストに、目で合図する。
「徹底的にやれ」
真っ直ぐ構えられた、大砲のような銃。だが、エリーナの方が動くのが早かった。
軽く宙を舞い、マンキャストに向かって大きくジャンプする。
弾丸が火を吹く前に、銃身を優雅にひと撫でした。
「なぁんと!!」
ガガン!!
銃の重みが増し、振り上げる事が出来ない。重みに引っ張られてしまい、虚しく振り下げる。
挙げ句、重心が前へ前へ。ギシギシと機械ごと揺れて転びそうになり、マンキャストはわたわたともがく。
「何をやっておるのだ、何を」
「ああああ、腕が鉛にいぃ! ギギ」
ギャンギャンと騒ぐマンキャストに、グルベールは呆れる。
呆れながら視線を上げ、グルベールは僅かに目を見開いた。
「……おや。やはり団長様は、嘘をついておられたようだ」
「え?」
背後に気配を感じ、エリーナはパッと振り返る。
片腕を抑えながらも、こちらに向かって来るその姿。
「シキ!!」
一人だけだった。鋭い瞳が、彼等を見据えている。
エリーナは驚いて、シキに駆け寄った。クーの側にいる筈では。
「どうして来たの?」
「ごめんね団長さん、ジッとしてられなくて」
軽く返すが、その瞳はすっかり冷えていた。
その時、グルベールがスッと指二本だけを伸ばし、真っ直ぐ縦に払う。
「……笑止」
ドン!!
広がっていく色。カラメルのような茶色いシミが形となり、波動となって二人に向かう。草原を切るように。
「うわっ!」
二人は左右に転がるように飛び、なんとか交わす。草の大地の草がまだらに枯れて、斑点模様が浮かび上がる。
「まどろっこしいな」
グルベールはすうっと高く浮き上がり、宙に足をつけて立った。
そして、天に向かって高く手を伸ばす。
「我が眷属よ……その姿を見せよ!!」
その手を、強く握った瞬間。
どぼぼぼぼぼ。
地面のあちこちからカラメルの波動が吹き出し、岬の家を覆いつくすように広がっていく。
「これは一体、何!?」
「タールの呼び水、我が声に従え」
広がっていく、シミのような波動。波動は、声に応えどんどん形を変えた。
ねばねばした重い流動体が、二人の身体に絡みつく。
「おもっ!」
「う、動けない……」
ずっしりと重い力が、二人にのしかかる。
「あはははは!!!」
高らかに笑うグルベールの耳に、甲高い鳴き声が届く。
その鳴き声に、エリーナとシキも顔色を変えた。
「キイイイイイ!!」
突き出した牙。ぱしん、と跳ねる大きな尻尾。
その鳴き声が聞こえて来たのは、後ろの家からではなかった。
「クー!」
「どうしてそこに」
マンキャストの背後にいたのだ。勢いよくマンキャストに飛びかかり、マンキャストはまたもバランスを崩す。
「キイイイイイ!!」
「あれええぇ」
「全く、情けないな」
呆れた口調ながらも、ニイッと口角を上げる。
そうだ、これこそが呼び水。我が命に従い、通り路となる。
あっという間に、眷属は我が手中に収まった。邪魔者は拘束した。
「さて、眷属を返してもらおう」
「キイイイイイ!!」
爛々と輝く瞳が、辺りを威圧した。呼び水に触れた体は、ぐわっと巨大な影を作る。
太くなっていく足、鋭くなっていく爪。
ビキビキと嫌な音と共に、熊のように大きな体となって仁王立ちした。
「キイイアアアア!!」
その瞳が示すのは、明確な敵意。
その視線を受けながら、シキは密かに拳を握った。
「あなた方はそこで、大人しくしていればよい」
──さぁ、帰るとしよう。
余裕たっぷりの表情で、グルベールはゆっくりとクーに歩み寄っていく。
だが、その足はすぐに止まった。
「……ん?」
背後から感じる苛烈な気配に、グルベールは立ち止まる。
足から爪の先までビリビリと、尋常ではない気配がせり上がり、進行を邪魔する。
振り返ろうとした時、激しい光がほとばしり、目をつぶった。刺すような激しい光、思わず顔を背ける。
「うん?」
瞬きをして、よくよく目を凝らす。
光が収まり、その姿が鮮明になっていく。美しい白い毛が風で揺れた。
「グルルルルル!!!」
力強い咆哮に、空気が震える。
シキカイトは激しく威嚇すると、クーに向かって飛びだした。