第302話 競争
「食べた!??」
想像もしなかった話に、エリーナとテフィはあんぐりと大きく口を開け仰天した。
「クーが、見えざる者を!?」
「そんなことが……」
動物が、見えざる者を食べただなんて。長い歴史の中でも前代未聞だ。
あまりにも驚く二人の姿が面白いのか、マンキャストははしゃいで腕を回す。
「驚いてまぁすなぁ」
「いや、でも」
エリーナは必死に平静を取り戻す。
「そもそも、血が違うわ。食べたら血が侵食されてすぐに死ぬ筈、こんなに元気に動いているのに」
「ヒー!!」
あっさりと死、などと告げるものだから、テフィは泡を吹いて倒れそうになっていた。
グルベールはそんなテフィを気にすることなく、口を開く。
「それはこちらが尋ねたいことなのですよ、団長様。血の相性が良かったのか、小さくて侵食までいかなかったのかもしれませんな」
黄色に変わった血の色が、何よりの証。
最早クーはザワトイタチではなく、見えざる者となったのだ。瞳には映るけれども。
「それとも、こうではありませんかな? 我々は死した時、呪いをかけるのです。原因となった者に」
「呪い、ですって?」
聞いたことのない話だ。眉をひそめるエリーナに、グルベールはそうだろう、と頷く。
「ご安心を、あなた方には呪いはかからない。どれだけ殺そうが、特別なあなた方にはね」
「ギギギ」
エイドリアンには、ということか。その理由を察し、エリーナはぐっと唇を噛み締める。
「私達も貴方の言う、眷属だからということね」
「その通り」
だがそれは、眷属であればの話。そうでない者には、呪いが降りかかるという。
「深い深い呪いが、牙を向いたのかもしれませんな」
──さぁ、どれでしょう?
そう言わんばかりの態度だ。エリーナは苛立ちを抑え、身構える。
「それなら是非、こちらで調べたいわね。わざわざイタチを迎えに来たそうだけど、諦めたらどうかしら」
「その結論にいったか、つまらぬな」
次の瞬間、シキカイトに向けられていた銃口が火を吹いた。
ダンダンダン!!
以前戦ったより、弾丸の速度が遥かに早い。クーを押さえていたシキカイトは、反応が遅れた。
「ギャン!!」
肩に命中し、シキカイトは痛みでクーを放してしまう。
「シキカイト!!」
隠れていた動物達が、銃声に怯える。
「さて、これだ」
グルベールは、マンキャストに何かを手渡した。サッと手早く。
弾丸というには大きい。ギラギラと輝く銀色が、光に照らされる。
「試してみるか」
「タノシミ、というやぁつですなぁ! ギギギギ!」
……何なのかしら、あの弾丸は。
ただの弾丸ではない。マンキャストの指の中で、生きているようにカタカタと動く。マンキャストは動かしていないのに。
マンキャストは大喜びで弾丸を銃に装填し、もう一度銃を向ける。シキカイトに向かって。
「シキカイト、離れて!!」
エリーナが思わず叫んだ瞬間、弾丸が放たれた。
ダガーーン!!
肥大して、ドリルのように回転した大きな弾は、シキカイトの脇腹を貫く。
「メイジュウ! なーんと楽しいでぇすなぁ。ギギ!!」
「めいちゅう、だろう」
血が舞う。シキカイトは痛みに悶えながら、地面を転がった。
全身が光に包まれ、シキの姿に戻ってしまう。
ビリビリと刺すような痛みに、シキは身を起こすことが出来ない。体がえぐられるような感覚。
「つぁ……」
「シキ!!」
その効果に、グルベールは満足そうに微笑む。
「分裂弾、か。キツネとやらも、なかなか役に立つではないか」
「おっと、ギギ」
シキに駆け寄ろうとしたエリーナに、マンキャストがサッと銃口を向ける。
「……!」
──まずい、分が悪い。このままではやられてしまう。
「さて、共に参ろうか。我が眷属よ」
グルベールはゆっくりと、クーに近づいた。
シキカイトから解放されたクーは、全身の毛を逆立て威嚇している。
だが。突然その瞳が力を失い、クーはその場にバタッと倒れてしまう。
「おや」
「クー!」
テフィが悲鳴を上げる。どうやら、動きすぎて眠っているらしい。
エリーナは素早く、辺りを見渡す。
どうにかしないと。
「神技!」
ドン!!
エリーナが強く言い放った瞬間、エリーナの体は勢いよく沈んでいった。
地下に向かって。
「何!?」
グルベールもマンキャストも、流石にギョッと顔色を変える。
「逃げましたぞぉ! ギギギギ」
美しいダイブ。ワタワタと慌てるマンキャストに、グルベールは内心首を横にふる。
……いや、団長様に限ってそれはないだろう。どういうつもりだ?
辺りを目を凝らし、警戒する。
その視線の隙をついて、エリーナは地上に出た。
「そこか!」
そう、クーの側に。
「ごめんなさいね」
そしてエリーナは、クーに触れてその体を掴んだ──次の瞬間。
「はっ!!」
エリーナは、クーを勢いよく空へ放り投げた。
「なっ……」
「エリーナさん!?」
遥か彼方へ飛んで行く。
立ち上がり唖然とするテフィ。だがエリーナは、余裕たっぷりの笑みを見せた。
「さぁ、競争しましょうか。貴方達も私達も、あの子が欲しいのよ。どちらが先に手に入れるかしら、あそこはバルド平原辺りかしらねー」
軽い口調に慄き、マンキャストは後退りした。
絶句する彼等に、エリーナは遠くを見ながらトントン、と靴の先で地面を叩く。
「大丈夫、私は触れた物の重力を操れるの。少しの間なのだけど」
怪我なんてしないわよ。
そう言い放つと、軽くジャンプして建物を飛び越え、平原に向かう。
「エリーナさん!!」
「やられましたね、流石は団長様。マンキャスト、早く追うのだ!!」
何としても、逃がしてならぬ。彼女より先に眷属を捕まえる。
グルベールもマンキャストも、慌てて後を追う。
後には、倒れたままのシキが残された。
「エリーナさん……」
呆然と、テフィがその名を呟いた時。
「ふぅ、上手くいったわね」
倒れた柵の後ろから、エリーナが姿を見せた。
「え!?」
眠ったままのクーを、しっかりとその腕に抱えて。
「どうして」
「投げた、フリをしただけですわ」
エリーナはあっさりとそう返すと、優雅に微笑んだ。