第29話 新調
「お兄ちゃん! 迎えに来てくれたの?」
「あんまり遅いから、何かあったのかと思ってね」
兄の姿にアイリは大喜びで抱きつくが、兄の着ている服に目を丸くした。
いつもの里にいる時の服ではない。
「──どうしたの、その服」
驚くアイリに、ブライアンはよくぞ聞いてくれた、と言わんばかりにニヤリと笑う。
「せっかく都会に来たんだから、ちゃんと馴染む格好にしないとだろ? なかなかイカしてない?」
「イカ?」
「似合うだろ?」
すっかり得意気になり、クルッと回ってみせる。
ジーンズ素材のジャケットに、黒いスキニーパンツ。腕には黒いブレスレットが光る。
ファッションのファも分からないアイリには、それぞれの服の名称などさっぱりだが。
これならば確かに、街のお洒落な人々にだって負けないかもしれない。立派な都会の人間だ。
もっとも、里にいた頃からつけていたバンダナはそのままなので、妙なアンバランスさがある。バンダナの強い存在感。
「お、団長さんがいるな」
エリーナに気付いて顔を向けるブライアンに、エリーナは笑顔になった。
「初めまして、アイリのお兄さん。剣の団団長、エリーナ・バンディアですわ」
「こりゃどうも。で、そちらは?」
明らかに見慣れない顔がいる。見慣れない顔──ナエカに視線を向けると、ナエカはビクッと震えて後退りした。
「ヒィ」
「あぁ……お兄さん、彼女はナエカです。アイリと同じ、新入団員ですわ」
苦笑いしながら、エリーナがサッと横から入って紹介した。ブライアンはへぇ、と興味津々でナエカに近付く。
「小さいな。もしかして、アイリと同い年くらい?」
「は、は、はひ」
やはり、だろうか。瞳まで震えながらビクビクするナエカに、アイリは大丈夫だよ〜、と声をかけた。
「お兄ちゃん優しいから」
自慢の兄だ。胸を張るアイリに、ブライアンは少し照れ臭そうに苦笑いを浮かべる。
「お」
「こんにちは」
気がつくと、ルノが戻って来ていた。ぶっきらぼうに頭を下げるルノに、ブライアンはどこか意味ありげな目線でほくそ笑む。
──ほぉ、彼があの。近くで見た方がもっとイケてるな。
そしてふと思い出したのか、手に持った大きめ紙袋をガサガサと漁りだす。
「そうそう、アイリも着替えないとな! その服じゃ、目立ってしょうがない」
アイリの分も買って来たんだぞと、アイリにサッと手渡す。紙袋は底がやや膨れていて、かなりの厚みだ。
「私の服?」
アイリは紙袋をマジマジと眺めると、じぃっと疑問の目をブライアンに向ける。兄が選んだ服、どんな服が入っているのだろう。
戸惑うアイリに、ブライアンは着てみな、と促す。
アイリはそんなブライアンにぱあぁっと顔を明るくすると、紙袋を抱えて広間を出て行く。ガサガサと、紙袋の中が跳ねた。
「待ってて!!」
バタバタと大はしゃぎで出て行くアイリに、気になったのかナエカもひっそりと後をついて行く。
ブライアンは、そんな二人を微笑ましそうに見送った。
「あれ、ナエカ」
追いかけてきたナエカに、アイリは驚いて足を止める。どうしてわざわざ、着いてきてくれたんだろう。
「……あの人が、アイリちゃんのお兄さん?」
「うん!」
紙袋を見せびらかせながら、大好きなお兄ちゃんなんだ〜と、アイリは笑顔で返す。ナエカはそんなアイリに、納得いかないのか怪訝な表情を向けた。
「アイリちゃんのお兄さんなら、クレエールの人だよね」
「モチロン」
当然じゃないか。
今度は、アイリを首を傾げる事になった。
「──あれが、アイリちゃんのお兄さんか」
そもそも、お兄さんがいるだなんて。
アイリと同じ里の人だというのに、全くその事実を感じさせない。随分と物を知ってるような、物を見てきたような人だ。
「アイリちゃん」
「ん?」
「一つ、確認なんだけど」
ナエカはボソッと呟くように告げると、チラッと紙袋に目線を移す。
「──その服、一人で着れるの?」
「ほぇ?」
ナエカの言葉の意味が分からず、アイリは思わず聞き返した。そして、恐る恐る紙袋の中身を確かめる。
ごそっと中から服をつまみ出す。そこには小さな花が沢山刺繍されたカーディガンと、ふわりとしたレースが可愛らしいスカートが入っていたのだが。
「あ、あれ????」
まずカーディガンには、中心を分けるようにいくつものボタンが縫い付けてあったのだ。スカートは明らかに腰の部分が細く、これをどうやって通すのか。
スポッと被るか羽織るだけでいい民族服しか着たことがないアイリには、見慣れないモノだった。
「これどうやって着るのーー!???」
ナエカはその反応にあたふたしながらも、やっぱりなと嘆息した。
アイリちゃんって、どんな生活してたらこういう子になるんだろ……。




