第296話 勝手
【中央通り】
特訓を終えたアイリ達は、巡回に出ていた。依頼に向かったシキを除いて。
「何だか大変そうな依頼だけど、シキ大丈夫かなぁ」
「うん」
アイリの呟きに、ナエカも頷く。
おかしな依頼だった。こういう時の嫌な予感というのは、大抵当たるもの。
「何事も無いといいけど」
「気にしてる場合かよ。訳わかんねー依頼で二人抜けるんだ、忙しくなるぞ」
追いついてきたショウリュウの言葉に、アイリは気合いを入れ直す。
今日も仕事だ。
「そうだね!」
「でもさ、最近見えざる者大人しくね? 昨日も全然来なかったし」
「……確かに、少ないかも」
「今日の巡回って、とりあえずミツナ通りに行くの?」
「馬鹿、それは昨日だろ」
「……!!」
やいのやいの言いながら通りに出た瞬間、四人は言葉に詰まってしまった。
「ほれ、そこ上げてー!」
「よし、ゆっくり!」
「おい、そこ遅いぞ!!」
いつもの華やかな街の景色が、一変していた。
崩れたままの建物、飛び交う荷車の音。リグベリの一件で破壊された街の修復工事は、まだ終わっていなかった。
ここ最近では一番の、大きな被害だ。
リグベリの木が生えていた付近は、特に被害が大きく、人が大勢駆り出されていた。
街中が眠りにつき、逃げ出せなかったあの夜。怪我人がほとんど出なかったのは、奇跡と言っていい。
四人の前を忙しなく、人々が通り過ぎていく。元の街に戻そうと、懸命に動く人々。
「ずっとこんな感じだね」
「あれからもう、結構経つのにな。終わってなかったのかよ」
「まだまだかかりそうじゃん」
「本当に、アイリちゃんとルノさんが起きてなかったら……」
何度も言われた言葉だが、アイリは目を伏せてしまう。
何故自分はすぐに起きたのか、何故自分に術がかからなかったのか、判明していない。
あの時は、ルノがいてくれた。アイリ一人だけでは、どうにも出来なかっただろう。それに、ギリギリのところで皆が助けに来なければ。
これからあの木よりも、もっと厄介なのが出てくるかとしれない。そうしたら、この街は。
「そんなの、ヤダな」
ポツリと呟いたアイリの声は、街を建て直そうとする民の、活気ある声にかき消される。
「せい!」
「おいしょ〜!!」
「もういっちょう!」
それでも街は、また立ち上がる。こうやって、民が力を合わせて。
逞しい人々で溢れる通りを、四人は眺めながら進んで行った。
【南側 タザサ通り】
一台のスクーターが、通りを駆け抜けていた。
「うーん、やっぱりスクーターは楽でいいね」
運転しているのはエリーナ、後ろの座席にはシキ。
口ではそんな事を言いながらも、乗り慣れていないスクーターに、シキは度々足を組み直す。
「おっと」
「きちんと捕まってないとダメよ」
石畳の通りを力強く通る。
パレスを出てからというもの、エリーナの表情はどこか硬いままだった。
シキはそんなエリーナが気になりながらも、空気を変えようとわざと声を張り上げる。
「こういう爽やかな朝は、リングベルデのカラメルフレンチトーストが似合うよ」
「……岬の家はね」
「え?」
依頼のあった施設、今から向かう場所だ。大小問わず、あらゆる動物達を無償で保護している施設だという。
「そう言ってたね、どういう動物達なのかな?」
「例えば、歳をとった牧羊犬とか、怪我をして動けなくなった馬とかかしら」
「それって……」
つまり、人に飼われていたが必要でなくなった動物達。言ってしまえば、人間に捨てられた動物達だ。
「行き場を失った動物達を、保護しているんですって」
人の為に使っておいて、必要でなくなったら捨てる。身勝手な話に、シキは顔をしかめた。
「……美しくない話だね」
「行くのは楽しみなのだけれどね、私もそうだから」
あっさりと告げるエリーナに、シキは目を見開く。
「どういう意味だい?」
「私も施設で育った人間だから」
能力の発現が早かったエリーナ。エイドリアンであると分かると、親は恐怖のあまり幼いエリーナを捨てた。
そこから捨て子が集まる家に預けられ、親の顔も知らずに育ったのだ。
自分は何者なのか、本当の意味では一生分からないだろう。
名前も変えた今となっては、親はエリーナが自分達の娘だとは気付きもしない、きっと。いや、そもそも生きているのかどうか。
「あー、ヨーくんに聞いたかも」
「えぇ、ヨーもそうなの。その家はね、捨てられたエイドリアンの預け先だった」
エリーナと同じ様に、捨てられたエイドリアンの子供達。
剣の団が長く民を守って来たにも関わらず、いざ身内に力が現れるとこうだ。
理解できないものは見ようとしない、触れようとしない。
「勝手よね」
いらない、と言われた子が剣の団の団長を務めているというのは、何という皮肉だろうか。
岬の家にいる子達も、皆いらないと言われてしまった。エリーナ達と同じ様に。
「依頼が本当かは分からないけれど、捨てられた挙句に見えざる者みたいだなんて、あんまりじゃないかしら」
「どうだろう、ね」
見えざる者みたい、それは自分達、エイドリアンの事だ。返答に困ってしまう。
目を逸らすシキに、エリーナは口元だけで軽く微笑む。
「岬の家、かわいい子達がたくさんいるみたいよ」
「たくさん……」
思わず呟いたシキに、エリーナは朗らかな笑みを向けた。
「仲良くなれたらいいわよね、私楽しい事考えたのよ」